『万物の黎明―人類史を根本からくつがえす』デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ著/酒井隆史訳 評者:重田園江【新刊この一冊】

デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ著/酒井隆史訳/評者:重田園江(明治大学教授)
万物の黎明―人類史を根本からくつがえす/光文社

評者:重田園江(明治大学教授)

 グレーバーとウェングロウの共著である『万物の黎明』は、グレーバーにとって遺作となってしまった。彼はこれまでどの著作でも、私たちが当然だと思っている事柄について、「ほんとなの?」と問いかけてきた思想家だ。本書では、11歳年下の考古学者、ウェングロウというパートナーを得て、二人の「ほんとなの爆弾」が炸裂している。その一部を紹介しよう。

 もともと人間社会は平等だったが、文明の発達が不平等を導き入れた。その極北にいるわれわれが差別と暴力に苦しむのは当然である。そしてそこから逃れることはできない(ユヴァル・ノア・ハラリ)。ほんとなの?

 初期の人間社会は暴力に満ちてホッブズの自然状態さながらだった。そこから人間は平和と文明を築いてきた(スティーヴン・ピンカー)。ほんとなの?

 啓蒙時代のヨーロッパ人は、アメリカの「野蛮人」たちの暴力的な風習に驚いた。啓蒙はヨーロッパが長い間育んできた自由や権利といった理想の開花であって、同時代の野蛮人たちは文明の素晴らしさを映す暗い鏡であった。ほんとなの?

「母権制」のような体制は人類社会のどこにもない。女性が部分的に実権を握る社会があったとしても、基本的には人間集団ではつねに男性を中心とする支配が行われてきた。ほんとなの?

 人類は、狩猟採集→牧畜→農耕へと食料獲得の方法を進化させてきた。狩猟採集民たちは食料を自然条件に強く依存していたため、物質的に恵まれず、大きな政治共同体を作ることができなかった。彼らは小集団で移動し、生活は素朴で質素だった。ほんとなの?

 農耕革命によって、人類の物質生活は豊かになり、定住が可能となった。それによって大きな社会が生まれ、帝国や王朝のような支配体制が根づくことになった。これは豊かな社会のはじまりでもあるが、圧政と隷属の必然的条件でもあった。ほんとなの?

 本書には、他にも大小さまざまな「ほんとなの?」が溢れている。二人の著者はそもそも、人類の歴史についてのこうした大きな問いに新たな答えを与えることを意図していない。むしろ問いかけ方そのものを変えようと企てている。それこそが、人類史の見方を根本からくつがえすという彼らの野心の表れであり、人類学的・考古学的証拠に則った新しい地図を描くための出発点を画すという意気込みなのだ。

 気合い十分な『万物の黎明』は、本文2段組、708ページと分厚い本なので、途中で挫折するかもしれない。そこで、最後まで読んだ感想を述べておく。本書は人間の自由についての本だ。自由についてのイメージを豊かにし、自由への想像力を刺激する。過去の人々はこれまで描かれてきたよりもっと自由だったし、これからも私たちは自由な社会を選ぶことができる。現在のグローバルで国家的な暴力は最低最悪だが、それは必然ではなく、出口はちゃんとある。権力者の自慢話ではなく、人々の生活を記す歴史に耳を傾け、身近なところに出口を見出す想像力と熱意さえあれば。

 読むとじっとしていられなくなる本、このままでいいのかと鼓舞される本は少ない。本書は世界の見方を変え、新たな想像力を得て、読み手が行動することを促してくる。彼らの文体の生命力と躍動を日本語に移してくれた酒井隆史にも感謝だ。

(『中央公論』2023年12月号より)

中央公論 2023年12月号
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デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ著/酒井隆史訳/評者:重田園江(明治大学教授)
【著者】
◆デヴィッド・グレーバー〔David Graeber〕
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス人類学教授。著書に『負債論』『ブルシット・ジョブ』など。2020年逝去。

◆デヴィッド・ウェングロウ〔David Wengrow〕
ロンドン大学考古学研究所比較考古学教授。ニューヨーク大学客員教授。著書に『What Makes Civilization?』(未邦訳)など。

【評者】
◆重田園江〔おもだそのえ〕
1968年兵庫県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。専門は現代思想・政治思想史。著書に『ミシェル・フーコー』『ホモ・エコノミクス』など。
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