ブルース・リー没後半世紀、日本で人気が衰えないわけ

ちゃうシンイチー(ブルース・リー研究家)×中島 恵(ジャーナリスト)

笑顔が似合うジャッキー・チェンの登場

中島 私はちゃうさんの2歳下ですが、74年頃の大ブームは地方に住んでいた私でさえ知っています。従兄弟や近所の男の子が、「アチョー」という怪鳥音を発しながら、とりつかれたようにおもちゃのヌンチャクを振り回していた(笑)。ちなみにこの対談の前に映画を観て驚きましたが、「アチョー」ではなく「アタ、アタ」と言っているのが多いのですね。

 80年代に人気となったジャッキー・チェンも覚えていますが、ブルース・リーの神格化されたイメージに比べると、普通の女の子がアイドルになったおニャン子クラブのように、身近なアイドルの感覚です。


ちゃう ブルース・リーの『燃えよドラゴン』は、いわば格闘技エンターテインメントの完成品です。それをさらに右に寄せていったのが空手家やレスラー、総合格闘技の格闘家たちで、ブルース・リーのアートを実際の戦いの中で表現するようになりました。

 一方で、左へ舵を切ったのがジャッキー・チェンです。映画はリアルなアクションだけでは限界がある。そこで、スケールアップして、エンタメ性を強くしていった。高いところから落ちたり、飛行機から滑空したりしながら戦うなど、見た目にわかりやすくて派手になった。


中島 よくわかります。


ちゃう 時代のトレンドは、ブルース・リーのように自分を鍛え上げて高みに到達するキャラクターから、ジャッキー・チェンのように身近なところにいそうな存在──笑顔が似合い、お茶目で、厳しい訓練を受けながらも観客を笑わせるタイプへと代わった。

 その結果、80年代はジャッキー・チェンの時代になり、ブルース・リーはある意味で薄利多売のカンフー映画の中に埋もれていった。

 いわば、ブルース・リーの冬の時代です。

 しかし、90年代に入ってもう一度ブルース・リーを観た多くの人が、80年代のカルチャーの転換期を経てなお、ブルース・リーの映画の魅力は不変だと改めて気づかされた。これが95~97年のブームにつながっていきました。


中島 第3次ブームですね。

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