多様性のあるまちづくりとは

遠藤 新(工学院大学教授)
遠藤 新氏
 大規模開発によってつくられる街は本当に魅力的なのか? 人口減少時代のいま、空き家や空き地を利用して、多様性のある街をつくるにはどうしたらよいのだろうか?
(『中央公論』2024年4月号より)

都市空間における多様性の意義

 都市計画で、その空間をどう魅力的にしていくかは大きな課題です。そのキーワードの一つが、多様性です。多様性が必要だと言われるのは、主に二つの点からでしょう。

 一つは、多様性がある社会のほうが様々な視点が含まれ、より強く、いい成果が出せるだろうということ。もう一つは、世の中には多様な価値観や生活様式の人がいて、求めるものも違う。価値観の異なる人が排除されることなく居場所を持てる社会は好ましいとする考え方です。

 後者は、包摂というキーワードにも通じます。排除の圧力は、その反動として社会の中に対立や分断を生み出す要因にもなり得ます。分断によるマイナス面を後から是正するにはコストも労力もかかるので、異なる価値観や生活様式であっても一つの都市に包摂するほうが好ましい。包摂とは、抑圧して同質化を強要することではありません。

 日本はまだ比較的同質性が強く感じられる社会なので、包摂の感覚は薄いかもしれませんが、今後は変化していく可能性があるでしょう。都市空間のバリアフリー化は、高齢者や障害者を家の中に閉じ込めるのではなく社会の中に包摂しようとする視点を持っています。それはどんな人にとっても暮らしやすい社会であるというのは、多くの人が納得しているところだと思います。

 都市空間における多様性は、現代社会の要請だと思われるかもしれません。しかし、都市に多様性が必要だ、と最初に都市計画の分野で発言したのは、1960年代に活躍したアメリカのジャーナリスト、ジェイン・ジェイコブズです。

 当時のアメリカでは、スラム・クリアランス、つまり老朽化して荒れた地域の建物を物理的に除去して、新しくつくり替える大規模な再開発が盛んに行われていました。それにより街はきれいになったけれど、そこは本当に魅力的になったのか、街が持つ大切な機能が失われたのではないか、とジェイコブズは「多様性」という言葉を使って問題提起したのです。

 60年代は、日本も高度成長期で、東京でも小さな木造住宅が密集した市街地を、再開発する取り組みが始まった時期です。

 再開発の意義として挙げられるのは、古い木造の建物より新しい堅牢なビルのほうが防災面での安全性を保てるし、古い小さな建物の集積より大規模で高質化され高度利用されたビルのほうが経済性も高いという点です。その反面、再開発された街は、本当に便利なのか。

 小さい建物が多い街は、道路の本数が多いため目的地への経路選択の幅が広く、その日の気分や事情に合わせて行きたいルートで行ける。しかし大規模に再開発されたビルの場合は敷地も大きいため、交差点から次の交差点まで距離が長く、その間ずっと一つの単調な道を歩かなければならない。

 また、オフィスビルを集めた街は、合理的に土地を利用しているように見えるけれども、面白みという点ではどうか。住宅があり、商店があり、職場があり、と多様な土地利用がなされているほうが、活気があったのではないか。さらに再開発で不動産価値が高まると、そこには高い家賃を払える人しかいなくなる。地方から都会に出てきて一旗あげようとしている人の住む場所をなくしてしまっているのではないか。

 つまり以前の市街地は、いろいろな立場の人に居場所があり、多様性があったのに、それを再開発で一気になくしてしまったと、ジェイコブズは批判したのです。

 古くからあるものをよしとするか、都市的な発展をよしとするかという単純な見方は本質的ではありません。今日、都市計画を行う際にはプロセスを大事にしよう、多様な人の声を聞こう、となっています。これに、ジェイコブズの提言が影響を与えているのは間違いありません。

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