多様性のあるまちづくりとは

遠藤 新(工学院大学教授)

空き地の利用法を考える

 都市空間には、迷惑とは言えないものの、どう利用したらよいかわからず困る場所というのも存在します。例えば空き地です。空き家ならリノベーションして価値を上げ、安価に賃貸に出したりするスキームができつつありますが、空き地はそうもいきません。

『サザエさん』や『ドラえもん』では、空き地で子どもたちが野球をする光景が描かれますが、その舞台は高度成長期の東京で、空き地はそのうちビルが建つ、開発を待っている場所だったと考えられます。つまり一時的な空き地です。

 しかし今後は、人口が減り建物の利用ニーズも減って、開発の予定のない、管理しきれない空き地が増えてくるでしょう。そういう空き地があると、こっそりゴミを捨てる人が出てきて周辺環境も悪くなります。行政や町会に管理してもらえばよいと思うかもしれませんが、数が多くなれば、コストや人的負担がかさみ、現実的には不可能です。

 空き地を5年、10年単位で暫定的に広場として利用したり、小規模な商業施設をつくったりすることは行われていますが、単に空けたままにしておくのは難しい。管理やコストの負担が課題となります。そうなると、空き地は駐車場にという思考になりがちです。でもいったん駐車場にすると、次の展開に目が向きにくくなる。駐車場は便利だし、所有者も管理が楽だし、場所によっては悪い選択ではないのですが、駐車場ばかり目立つ街が魅力的かというと疑問が残ります。

 そこで、空き地を自由に使えるオープンスペースとして社会が認識するようになれば、時間が経つうちに、新しい活用法や取り組みが生まれてくるかもしれません。個人的には、今使い道のない空き地は、将来の多様な可能性を認めて、次の世代に繋げていくといいのではないかと考えます。手間やコストは環境が荒れない程度、最小限で維持し、利用法は次世代に考えてもらうのです。小さな空き地や好立地の空き地なら、社会実験を行ったり、マーケティングをしたりして、利用ニーズをつくることもできますが、労力がかかる。そういう意味で、「緩やかな継承」は、一つの策ではないかと思います。

 空き地を緩やかに維持している一例として、私が工学院大学の学生たちと取り組んでいる「カナドコロ」を挙げたいと思います。小田急線の新百合ヶ丘に、区画整理によって整理された公有地で、30年もの間、利用法が決まらず、空き地状態だった場所がありました。そこを利用したプロジェクトです。

「カナドコロ」は、基本的にはオープンなフリースペースとして運営しています。地元の人が散歩したり、年に2回、クリスマスマーケットや夏祭りといったイベントが行われたりしています。スタートから7年経ちますが、今ではかなり地元の人に認知されるようになっています。

 ここでは、できるだけ手間やコストをかけずに維持できるようにデザインを考えました。最初の頃は、遊んでいた小学生がバス通りに飛び出すといった安全上の問題が起きたり、夜にお酒を飲んで騒ぐ人がいて近所の人から苦情が出たり、ということがありましたが、その都度、地元の人と話し合ったり、安全点検をしたりして解決してきました。現在はそのような手間はかかっていません。

 火を使わない、利用時間は19時までなど、最低限のルールを設けて運用しています。最初は「ここで何をやるの?」と思っていた地元の人たちにも、イベントや対話を通じて、次第に「こういう場所なのね」ということが伝わっていった気がします。

 最初から利用法やルールを細かく決めるのではなくて、プロセスを大事にしたことで、地元の人たちに馴染んでもらえたのではないでしょうか。主に学生が運営しているのでコストも抑えられますし、学生にとっても、立場やカルチャーの違う街の人たちと対話し、問題点を調整したりイベントを企画したりといった経験は、後々役に立つことがあるでしょう。

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