プリキュア「女の子だって暴れたい」から20年――21世紀型アニメヒロインが大人をもひきつけるわけ

鷲尾 天(東映アニメーションプロデューサー) 聞き手:鈴木美潮(読売新聞教育ネットワーク事務局専門委員)

シリーズを貫く「心の自由」

――シリーズには、お姫様に憧れる少年や、「専業主夫」の父親、女言葉を使うサポート役の男性戦士が登場していて、多様な生き方を認め合おうというメッセージを感じました。

わんだふるプリキュア.jpg現在放送中の最新作「わんだふるぷりきゅあ!」 ⒸABC-A・東映アニメーション


 そういうことを意識し始めたのは2010年代中盤からかなと思います。「スター☆トゥインクルプリキュア」(19年)のキュアミルキー・羽衣(はごろも)ララは宇宙人だし、同作には日本人とメキシコ人の間に生まれたキュアソレイユ・天宮(あまみや)えれなもいる。23年の「ひろがるスカイ!プリキュア」では、男子のプリキュア、キュアウィング・夕凪(ゆうなぎ)ツバサも誕生しました。世界には多様なバックグラウンドを持つ人がいて当然です。多文化共生が進む社会の変化はどんどん取り入れています。


――「心の自由」という言葉もプリキュアを読み解くキーワードではないでしょうか。


 二作目「ふたりはプリキュア Max Heart」(05年)最終回で、絶体絶命のピンチに追い込まれたキュアブラック・美墨(みすみ)なぎさとキュアホワイト・雪城(ゆきしろ)ほのかが、味噌汁の具や宿題について語り合う場面がある。そんなことを言っている場合か、と呆れる妖精のメップルに、ブラックは「何考えたって自由でしょ」と言う。それを聞いたホワイトは、自分たちの心はどんな時だって自由だ、と気付く。

 この回を見直して、未就学児向けアニメでこんな哲学的なことを言っていたのかと実は驚きました(笑)。彼女らは、心の中で何を考えても自由で、そこには誰も踏み込めない、と気付き、再起する。ああいう立ち上がり方は今までの作品になかった。新アイテムを手に入れなくても、心が自由だからこそ人は立ち上がれる、ということは、プリキュアを続けていくうえで強く意識するようになりました。


――「あきらめない」という言葉もよく出てきます。実は、特撮ヒーローも1990年代後半から「あきらめない」とたびたび口にするようになっており、時代的に重なるのは興味深いです。


 90年代は、バブル崩壊、阪神・淡路大震災、オウム真理教事件が続いた激動の時代で、それらとどう向き合うかを社会全体が模索していた。私自身はアニメ製作には携わっていない時期ですが、そういう時代の人々の心の叫びが「あきらめない」なのかもしれません。

(続きは『中央公論』2024年6号で)

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鷲尾 天(東映アニメーションプロデューサー) 聞き手:鈴木美潮(読売新聞教育ネットワーク事務局専門委員)
◆鷲尾 天〔わしおたかし〕
1965年秋田県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。商社、三省堂勤務を経て92年より秋田朝日放送記者。98年東映アニメーション入社。「キン肉マンⅡ世」(テレビ東京系)、「釣りバカ日誌」(テレビ朝日系)などを経て、2004年「ふたりはプリキュア」プロデューサーとなる。同社執行役員、営業企画本部企画部エグゼクティブプロデューサー、製作本部製作部部長。

◆鈴木美潮〔すずきみしお〕
1964年東京都生まれ。米ボストン大学卒業。ノースウエスタン大学大学院修士号(政治学)。89年、読売新聞社入社。政治部などを経て現職。「イブニングプレスdonna」(日本テレビ)などに出演。近著に『スーツアクターの矜恃』がある。
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