「鉄の女」サッチャーは柔軟な「大人の外交」で成功した

池本大輔(明治学院大学教授)
マーガレット・サッチャー
(『中央公論』2026年1月号より抜粋)

 2025年10月は、女性として初めてイギリスの首相を務めたマーガレット・サッチャーの生誕100年にあたる。奇しくも、日本では同じタイミングで高市早苗政権が発足し、憲政史上初の女性首相が誕生した。サッチャー外交について振り返るには、またとない機会といえよう。その強硬な反共産主義・反ソ連のレトリックゆえに「鉄の女」と呼ばれたサッチャーは、実際には老練な外交手腕を発揮し、東西冷戦終結に少なからぬ役割を果たした。本稿ではその経緯をみていきたい。

 読者のなかには、首相の性別は重要でないから、「女性首相」という括りに抵抗を感じる、という方もいるかもしれない。確かに「男性首相」について論じられることはほとんどないし、女性の首相経験者の数が増えれば、「女性首相」についてとやかく言われることも、次第に減っていくだろう。

 しかし、日英を問わず、いかに伝統的な性別役割分業意識が弱まったとはいっても、男性と女性で全く同じ役割が期待されているわけではない。政治家が有権者の期待に応えることを生業(なりわい)とする以上、その性別はやはり重要な意味を持っている。男女を問わず実力のある者が出世できる社会を望み、自らが初の女性首相だという事実に言及することを極力避けたサッチャーでさえ、決して例外ではなかった。

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