単行本『無常といふ事』がやっと出る(四)

【連載第十四回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)
「僕は無智だから反省なぞしない」と語った小林秀雄の戦後の始まりとは。
敗戦・占領の混乱の中で、小林は何を思考し、いかに動き始めたのか。
編集者としての活動や幅広い交友にも光を当て、批評の神様の戦後の出発点を探る。

社史にも残る小林の改稿癖

『無常といふ事』の単行本化に際しての改稿は、研究者の領域だろう。もう今さらとは思ったのだが、創元社の社史にさえ、「ゲラ刷りにかなり手を加えた」とあるくらいだから、自分の目で確かめてみようか。ずっと前だが、会社の資料室で、小林の秘書役の郡司勝義さんと無駄話をしていた時、郡司さんが小林のある記述を思い出し、それを確認するために本に当たりをつけ、ページをめくり始めた。ところが、該当する部分が見つからない。郡司さんは「やっこさん、また削りやがったな」と苦々しげに舌打ちした。小林の推敲は削りが中心なので、現行の本や全集からは消えてしまった文章がかなりあるということをその時に知った。あの時の郡司さんを思い出し、ヒマに任せて初出の「文學界」と単行本『無常といふ事』の比較を試みてみた。

 一篇目の「当麻」は、冒頭からして違う。大幅に削られている。「梅若の能楽堂で、万三郎の当麻を見た」。単行本ではこの一行で改行となる。初出は説明的だ。

「先日、梅若の能楽堂で、当麻を見て、非常に心を動かされた。当麻という能の由来についても、万三郎という能役者が名人である事についても、僕には殆ど知識らしい知識があるわけではなかった。が、そんな事はどうでもよかった」

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