生誕90年 立川談志を語る
立川流のこれから
志の輔 思えば『現代落語論』(三一書房)が出たのが1965年。
「落語が『能』と同じ道をたどりそうなのは、たしかである」なんて書いてあって、当時結構話題になったもんだけど、吉笑はこの本、当然読んでるよね?
吉笑 ええ。コロナ禍になって配信で落語をする機会が増えて、じゃあ映像で何ができるんだろうと考えるようになったのですが、50年以上前にすでに談志師匠は『現代落語論』でテレビに対して同じことを考えていた。改めてその先見の明に驚かされたというか。
ただ、僕は『現代落語論』の第2弾と言いますか、『あなたも落語家になれる』(三一書房)を先に読んだ覚えがあります。
志の輔 ああ、あれに騙されてというか、感化されて落語家を志した人、いっぱいいたようだから、なんとも罪つくりだよね。(笑)
で、吉笑の『現在落語論』(毎日新聞出版)が出版されたのがちょうど50年後。真摯に落語と向き合っているのが行間からも伝わってくるようで、読み応えがあったんだけど、俺のことまで褒めてくれていて、なんか気を遣わせちゃったというか......。
吉笑 いや、自分が思ったことを書いたまででして。
志の輔 じゃあ、こちらも忖度なしに言えば、よくぞ勇気をもって書いてくれたなと。(笑)
吉笑 そう言っていただけると、嬉しいです。
志の輔 でも思うのは、立川談志が立川流をつくったからこそ、いまの落語界があるんじゃないかということ。『現代落語論』の中で危惧していたのとは真逆の状況に、いまはなっている。吉笑のような若手が公共放送で落語の賞を獲るようになったり、女性落語家がたくさん活躍していたりして、もう落語最盛期と言ってイイんじゃない? 確かに師匠は先を読んでいたかもしれないけど、「そのはるかに先をいまの若い落語家たちは行ってるんじゃないですか、師匠」と言いたいね。「この程度でか!」と言われそうだけど。(笑)
近頃、ふと思ったりするんですよ。ひょっとすると、談志は落語の神様から「いま、お前が寄席の世界から抜けて、もう一つの世界をつくらないと、落語は将来尻すぼみになるぞ」なんてことを吹き込まれて、その通りにやったんじゃないかって。
そんなことを空想してしまうくらい、立川流ができて以降、落語界が見事に変わってきたのは事実でしょう。
吉笑 それに一昨年、立川流が一般社団法人になったことも大きな変化ですね。
志の輔 「立川流もようやく宗教法人でなくなって、民主化された」って、吉笑の真打披露口上で、あなたの師匠の談笑が言っていたけど(笑)。まさか社団法人になって初の代表をやらされるとは思わなかった。
談志が落語協会を飛び出してつくった立川流もいまや60人もの大所帯。師匠・談志はさぞやあちらで「雑魚ほど群れたがる」って苦虫かみつぶしているだろうけど(笑)。とにかく現在は立川流が活躍する場が増えてきているし、他の団体とも協力して落語の世界を広げている。それは一過性の現象ではなくて、これからもますますそうなっていくと思う。
吉笑も真打になったから、いずれ弟子をとれば談志のひ孫弟子ができるし、これからどんどん立川談志を知らない世代が増えていくだろうね。ただ、直弟子世代から孫弟子世代、ひ孫弟子世代へと逸話が伝えられていくにつれて、話がどんどん盛られて、立川談志像がとんでもないことになっちゃうかもしれないけどね。(笑)
吉笑 その意味でも、本だったり、CDやDVDだったりは残るので、ありがたいですよね。
志の輔 ご子息がしっかり残してくれていることが本当にありがたいよね。
亡くなってからの方が、俺も師匠の本を読むようになったもんな。生きてた頃は、明日また高座に行って、舞台袖や打ち上げの席の隅にいれば、「おい志の輔」って話しかけてくれる毎日が続くと思っていたから、本なんて読む必要もなかった。
それにしても亡くなってから15年経っても、生誕90年と銘打って特集ページをもうけたり、本を出したいという出版社があらわれるって、いやあ本当にすごい人だなって思いますよ。
(『中央公論』2月号では、この他にも落語を落語たらしめるもの、新作落語を作る意味、古典落語の凄みなどについて語られている。)
構成:浜美雪
1954年富山県生まれ。明治大学在学中は、落語研究会に所属。卒業後、演劇活動、広告代理店勤務を経て、83年に立川談志に入門する。90年に立川流真打昇進。文化庁芸術選奨文部科学大臣賞をはじめ多数の賞を受賞。2015年に紫綬褒章を受章。
◆立川吉笑〔たてかわきっしょう〕
1984年京都府生まれ。2010年、立川談笑に入門。わずか1年5ヵ月のスピードで二ツ目に昇進。22年11月、落語立川流としては17年ぶりとなるNHK新人落語大賞を受賞。25年6月に真打昇進。著書に『現在落語論』など。





