『星霜の心理士』八ツ波樹(原作)、雪平薫(作画) 評者:三木那由他【このマンガもすごい!】

三木那由他
星霜の心理士/マンガワンコミックス(小学館)

評者:三木那由他(大阪大学大学院人文学研究科講師)

 剣と魔法の世界が好きだ。特にゲームを通じて見るそうした世界が。『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』『The Elder Scrolls』......。ビデオゲーム好きの私は、子どものころから何度も冒険をし、剣を振るい、魔法を操ってきた。

 ゲームで描かれるようなファンタジー世界を舞台とする漫画も多い。『星霜の心理士』もその作品のひとつだ。

 世界を脅かす魔王がいて、それに立ち向かう選ばれた強者たちがいる。前衛を担う戦士、魔法で戦闘をサポートする魔法使い、傷ついたひとを癒やす聖職者、後方から敵を狙う射手、みなのリーダーである勇者。本国には彼らの顧問をするエルフもいる。本作は、このジャンルに親しんでいる読者にとってはお馴染みの、王道中の王道と言える設定をベースにしている。

 しかし本作には極めて異色な要素がある。主人公の霜月星乃(しもつきほしの)だ。星乃は現代の日本からこのファンタジー世界に迷い込んだ人物であり、以前は心理カウンセラーとして働いていた。そう、本作は王道の剣と魔法世界を舞台に、カウンセラーが勇者たち一行とカウンセリングルームで向き合う物語なのだ。

 このことは、ちょっと風変わりな設定という以上の大きな意味を持っているように私には思えた。私が好きだった物語のなかでは、勇者たちはときに苦しみ、挫折し、絶望しながらも、最後には自分の力で立ち上がり、真に強い者として戦いへ赴いていく。

 もちろん仲間に支えられ、ともに協力し合うのだが、どこか「このひとならひとりでもきっと大丈夫」という感覚があるし、場合によっては、いちど仲間たちと離れ離れになって、それぞれがひとりで戦えるようになってから再会する、なんて展開もあったりする。

『星霜の心理士』は、それとは違う強さを示唆してくれる。エルフのソフィアは、星乃こそが魔王との戦いにおけるキーパーソンだと直感し、勇者たちのカウンセラーを任せるのだが、そこに見られるのは、「適切にケアをされることこそが強さの基礎だ」という発想だろう。

 ひとりで立ち続けるのでは脆い。人前では明るい勇者は裏で親友の死に苦しみ、歴代最強の治癒力を持つ聖職者はうつになったのちに、やがて双極症を発症するに至る。彼らはすでに消耗し切っている。それを乗り越えて再び立ち上がるべきなのだろうか?

 そうではない。本作では、そのような自立した個としての強さを志向することからの脱却こそがテーマとなっている。弱い自分を自覚し、適切なケアを受け、そして弱いままでやっていけるよう周囲との関係を改善すること。それこそが本作において目指される強さのようだ。他者との関係がレジリエンスを生む。王道の舞台、王道のキャラクターたちであるがゆえに、この弱さと強さの転換はいっそう際立つ。

 それにしても、本作を読むと、これまで私が操ってきた戦士や魔法使いたちのことを考えてしまう。戦いなんて辛いに決まっているのに、いままで気にかけてあげられなくてごめんね。


(『中央公論』2026年2月号より)



中央公論 2026年2月号
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三木那由他
大阪大学大学院人文学研究科講師
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