「弱いがゆえに強い」日本型ヒーローと「無双」する中華ヒーロー 英雄像の違いが示す日中文化の相違点

加藤 徹(明治大学教授)

弱くてやさしい日本のヒーロー

 日本人が好むヒーローは「男らしさの中に、めめしさがある」「弱みをもっているので、人にやさしくなれる」タイプが多い。また、往々にしてマザコンである。

 紫式部が書いた『源氏物語』は、千年前のライトノベルだ。主人公の光源氏は「もののあわれ」タイプのヒーローで、毅然としたところもあるけれど、めめしい。

「中国のヒーローは気宇壮大で男らしいのに、なんで日本のヒーローはめめしく泣くのか?」


 という疑問を、日本の庶民は昔から抱いていた。江戸時代の国学者・本居宣長は『紫文要領』という本を書き『源氏物語』の神髄を解説した。その一節を意訳すると、


 ある人の質問:『源氏物語』は、主人公の光源氏をはじめとして、そのほかの主要登場人物も、みな心ばえは女子どもみたいで、心が弱く未練たらしく、男らしさもキッとしたところもない。ものはかなく、しどけなく、愚かなところが多い。なんで日本の文芸作品では、そんなのがよいとされるのですか?


 たしかにそうである。現代のACG作品でも、『機動戦士ガンダム』のアムロや、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ、『鬼滅の刃』の竈門(かまど)炭治郎は、心に弱さをかかえ、涙を流す。古代中国に取材した漫画『蒼天航路』の曹操や『キングダム』の李信などとは大違いだ。

 この質問に対して、江戸時代の本居宣長先生は答える。

 本居先生の回答:そもそも人間の本当の心というものは、いわゆる「おんな・こども」のように、未練たらしく愚かなものなのです。男らしくキッとして賢い、というのは、うわべの粉飾にすぎません。どんなヒーローだって、真実の心の底をさぐってみれば「おんな・こども」的要素があるのです。中国の作品は、それを恥ずかしいと思って包み隠し、飾りたて、無理して頑張るうわべだけを書く。人間のリアルな心理を描いていない、という点で、中国の作品はとても雑なのです。中国のウソばっかりの物語を読み慣れた目で、わが国のヒーローのリアルな心理描写を見ると、弱くめめしく見えてしまうのです。


 現代の中国やアメリカなど、マッチョ志向の国の若者が、日本のACG作品を熱狂的に支持する一因も、このリアルで緻密な心理描写にある。

「ぼくが日本に留学した理由は、子どものとき、アニメの『新世紀エヴァンゲリオン』を見たからです。中学校で同級生に殴られる弱々しい碇シンジが、世界を救う戦いをして、また日常に戻ると孤独に思い悩む。学校でいじめられていたぼくにとって、碇シンジというヒーローは衝撃的でした。それで日本語の勉強を決意したのです」

 という留学生を、私は大学院で教えたことがある。

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