「弱いがゆえに強い」日本型ヒーローと「無双」する中華ヒーロー 英雄像の違いが示す日中文化の相違点

加藤 徹(明治大学教授)

マザコンの系譜

 サブカルチャーやACGの作品はあなどれない。それぞれの民族の潜在的な願望を反映しているからだ。例えば「ヒーローは母親を早くに失っており、父親との関係は微妙」という趣向も、日本では二千年前の神話から現代のACGまで共通の鉄板である。

 日本神話のスサノオはマザコンだった。彼の母親イザナミは、火の神を産みやけどで死に、あの世の女王となった。彼の父親イザナギとは離婚状態になった。スサノオは大人になったあと「お母さんに会いたい。あの世の国に行きたい」と父イザナギに向かって言い、大泣きした。イザナギは怒って、スサノオとの親子の縁を切り、追放する。スサノオは、姉であるアマテラスに別れを告げに行くが、そこで......。

 この『古事記』の神話にある趣向は、その後の日本人の文芸作品でも再現される。

『源氏物語』の光源氏はマザコンだった。彼の母は早く亡くなった。彼の父である天皇は、光源氏の母親を忘れられず、彼女に似た女性を側室とした。母の面影を求める光源氏は、父のその側室と肉体関係を持ち......。

『巨人の星』の星飛雄馬も、母親を早くに亡くした。父・星一徹との関係は微妙で、父から野球をやらされ、母親代わりの姉・明子は......。

『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジも、早くに母を失った。父・碇ゲンドウとの関係は微妙で、無理矢理「エヴァ」を操縦させられる。碇ゲンドウは、シンジの母を忘れられず、彼女の肉体をコピーした少女を作る。その少女と碇シンジは......。

「母を失い、父との関係は微妙」というヒーローの例は、日本の文芸作品では事欠かない。これは、歴代の日本の作家がスサノオを手本にした、ということではない。日本人が日本人である限り、民族的な心性が、無意識的に創作作品にもにじみ出てしまうのである。本居宣長の言い方を借りると、人間は誰でも赤ちゃんのときは「ママ、ママ」とママが大好きで、その思いは大人になったあとも心の底に隠れている。日本では、子ども向けの娯楽作品でも、リアルな心理描写を重視するのだ。

 中国のヒーローは違う。『三国志演義』の劉備や『水滸伝』の李逵(りき)は、母親孝行ではあるが、マザコンではない。

 中国の文芸作品は、庶民の儒教的倫理観を色濃く反映している。「父親の側室と関係して妊娠させる」というマザコンの光源氏は、中国の文芸作品ではヒーローになれぬどころか、人間としてアウトである。


(「中央公論」4月号では、この後も中国ヒーローの「商人気質」や、『三国志演義』の関羽と日本の剣豪たちとの違い、女性ヒーロー造形の違いなど、日中ヒーローの違いから見た文化の差について詳しく論じている。)

加藤 徹(明治大学教授)
〔かとうとおる〕
1963年東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。広島大学助教授などを経て現職。専攻は中国文化。日本京劇振興協会非常勤理事、日本中国語検定協会理事。『京劇』(サントリー学芸賞受賞)、『西太后』『漢文力』『後宮』など著書多数。NHKテレビ「中国語!ナビ」講師。
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