秋田麻早子 名画がわかる7つのポイント【著者に聞く】
――本書執筆の経緯を教えてください。10万部を超えるベストセラーとなった前著『絵を見る技術─名画の構造を読み解く』では構図に焦点を当てていましたが、今回は様式(スタイル)がテーマです。
前著には、ありがたいことにたくさんの反響をいただきました。そのときに実感したのは、「何が描かれているか」ではなく「どう描かれているか」、つまり絵画の表現に関心を持つ読者が多いということでした。
本書では様式を見極めるための7つのポイントとして、色、明暗、輪郭、形、筆触、主役、構造線を紹介しています。美術史の授業で教わる基本的なポイントは他にもありますが、「7つ道具」に絞って解説しました。展覧会では解説パネルに「輪郭がはっきりしている」などと書いてありますが、それがなぜその絵の特徴なのか、わからないですよね。絵を見るためのスタートライン、最初の道具としてこの本を使っていただけるとうれしいです。
――本書に登場する作品の多くが西洋美術ですが、西洋美術を「見る技術」は日本美術などにも応用できますか。
美術史が東洋と西洋に分かれているのは実は日本独特の制度です。私はアメリカの大学で学びましたが、「西洋美術史」という概念がなく、ただ「美術史」があるだけ。そのなかにギリシャやローマも、日本もインドもアフリカも出てくるのです。「最初の道具」ですから、これさえあればあらゆるものが説明できるわけではありませんが、汎用性は結構高いと思います。
絵は好きだけど詳しくない、わからないという方は多いですよね。でも、どんな仕事でも何かを観察したり見分けたりしませんか? 美術史の道具を身につければ、みなさんのそうした専門的な能力が絵を見るときにも使えることに気づいてほしいですね。
――本書のタイトルにもありますが、「名画」とは何なのでしょうか。
作品には相対的な評価と絶対的な価値があります。その時代ごとの社会や制度のなかで評価は変わりますし、美大生と美術ファンでも評価が違うことがあります。一方、モノとしての技術的な完成度という絶対的な価値もあって、二つの評価軸の緊張関係から名画かどうかが決まります。
けれども、社会的には名画と言われていても、自分がそう思えるかどうかは別ですよね。ここが技術的に難しいといった、作品のなかにある情報を引き出せなければ名画かどうかわからない。情報にアクセスするための「鍵」、解像度を高めるARメガネ─本書をそんなふうに使ってほしいです。
絵を見たときの感想を聞くと、その人の人柄や価値観がよく伝わってくると感じることがあります。自分の価値観を知る、他者の視線を知る─絵を見ることは、そうした機会にもなると思います。
――美術館にはたくさんの作品が展示されていて、丁寧に見ようとすると時間が足りないですし、体力も続きません。秋田さんおすすめの「美術館の歩き方」を教えてください。
海外に行くと、私もつい無理してでも全部見ようと思いますから、もうヘトヘト。ホテルに帰ったら泥のように眠ってしまいます。(笑)
美術館・展覧会は、学芸員ががんばって作った巨大な図鑑のようなものです。収蔵品が300万点以上に及ぶメトロポリタン美術館だったら百科事典ですね。単体で見ても意味がわからない作品も、工夫された構成の流れのなかで見ればおもしろさが違います。体力に自信のある人は1ページ目から最後まで読めばいいですし、パラパラと必要なところだけめくって読んでもいい。映画館でもレストランでも、気に入ったら何度でも行きますよね。お気に入りの美術館を見つけて、常設展に通って「メニュー」を制覇するといいと思います。
美術館にあるものだけが芸術ではありません。寺や神社、パブリックアート、ポスター。書店もブックデザインの作品展ですよね。日常のなかにあるすばらしいものに気づけるようになると、生活が楽しくなるはずです。
(『中央公論』2026年4月号より)
美術史研究家。岡山市生まれ。2002年テキサス大学オースティン校美術史学科修士課程修了(MA)。専門はメソポタミア美術。著書に『絵を見る技術』がある。





