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TPPと「同盟ダイヤモンド」拡張中国への抑止力

谷口智彦(元外務副報道官)

中国シーレーンに挟まれた日本

 昨二〇一〇年は、欧州経済の不調や資源価格の高騰を好材料とし、中国が海洋権益を各方面で一気に強めた年だった。以下では報道された公開情報のみによりながら、動きを見ていこう。

 アイスランドとの関係が好例である。いわゆるリーマン危機後の資金繰り難に救いの手を伸ばすことで同国に近寄った中国は昨年、高官相互訪問の中で、北極航路の可能性を協力して探る約束を取りつけた。アイスランドからなら欧州と北米いずれに物資を送るのも好都合で、ここを物流基地にできるなら中国産品の輸出には便利であろう。

 今後北極海が解氷し所期通り中国船がアイスランドを目指すとして、その経路は日本列島の東か西を北上する。北方領土辺りをかすめ、北極海を目指すものとなる。これが、今後中国の重視するだろうシーレーンの一つだ。

 中国は昨年、カナダとの間で大型商談をまとめた。六月、核燃料供給を主力事業とする中国原子能工業有限公司(CNEIC)が、カナダのカメコ社と長期契約を結んだ。カメコとは世界有数のウラニウム産出・精製企業で、契約は中国向けに発電用濃縮ウラン供給を約束したものだ。十一月には原子力発電大手・広東核電集団(CGNPC)がカメコと同様の契約を結んだ。

 カナダにはまた大量のオイルサンドがあり、頁岩層にシェールガスがある。中国石油化工(SINOPEC)がカナダ企業シンクルードの株式九%余りを、邦貨換算四四〇〇億円という巨費を投じて買い取ったのは昨年四月のこと。シンクルードとは、米エクソンモービルなどがオイルサンドから原油を取り出すためつくった会社だ。

 これに、中国石油(CNPC)とカナダのシェールガス採掘会社エンカナが六月に結んだ覚書が続いた。この先両社は合弁事業体設立に進む。

 以上に名が出た中国の企業はすべて国営であり、中国共産党と一体不可分である。そんな「企業」が入ってくることに米国はなお慎重だが、北隣カナダの場合は見ての通り。

 ごく近い将来、カナダのバンクーバーないし新設積み出し港と中国との間に、大型タンカーやウラニウム運搬船の往還する時代が来る。図1で上方に見える線がその航路で、これまた日本北縁と、北方領土近辺をかすめる。

 中国はいま国連の場で日本の沖ノ鳥島を単なる岩だとする主張を執拗に続けている。島ではなく岩なら、その周辺二〇〇カイリに排他的経済水域を設定できない。日本に不利となるのは明々白々として、中国にどんな実利があるか首を傾げた向きはないだろうか。

 さらに遠く、ニュージーランドと豪州近くに浮かぶ島国フィジーは〇六年に軍事政変を起こして以来中国に急接近した。昨年中国は同国軍工兵部隊に五〇〇万米ドルの無償援助を与えた。

 上海万博見学と称し夏に中国で長逗留した同国軍事指導者にして首相のフランク・バイニマラマ氏がメディアに語ったところ、フィジー軍将校は数名ずつ中国へ送られ、人民解放軍で訓練を受けるのが定例化しているという。

 そのフィジーに昨年は中国から投資家を名乗る集団が複数回訪れ、「港湾、船舶補修能力」の建設に関心を示した。経済の過半を空から飛来する観光客に依存する小さな島国で、中国は何の採算あってそんな投資をしようというのか、ここでも違和感を残した。

 けれどもこれらの疑問は、中国が南米とりわけチリに銅、リチウムなど戦略物資を依存していること、そのための航路が沖ノ鳥島圏を通過しフィジー辺りをかすめて延びる事実を考慮に入れる時、氷解しはしないだろうか。

 フィジーはチリと連なる遠大な道のりの、ほぼ中間点に位置する。例えば海軍艦船を寄港させ乗員を陸で休ませている間、ドックに入れるとしたらここは絶好のロケーションであろう。

 詳しくは月刊『ウェッジ』誌で筆者が連載中のコラム「中国はいま某国で」の次回(本年三月号)掲載分に譲りたいが、中国にはアンゴラなど西アフリカから買う原油を大西洋・パナマ運河経由で運ぶ意向もある。

 一四年にパナマ運河拡幅工事が完工すれば、巨大タンカーを通せるようになる。それを見越して、カリブ海のさる小国に中国は巨額の資金を投じつつあることなどをそこでは記した。

 シーレーンとその安全といえば日本の場合一本しか連想しない。マラッカ海峡とインド洋を抜け中東に延びる道である。ほかはあまりに安全で、リスクを語るも愚かだった。中国において事情がいかに異なり得るかは、およそ以上の概観によって窺えよう。

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