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いつまで続く、朴槿恵の強硬姿勢

武貞秀士(拓殖大学客員教授)

 朴槿恵政権が発足して一年になるが、日韓関係改善の兆しはない。
 昨年十二月、朴大統領は「新年は過去の歴史の傷をえぐり、国家間の信頼を壊し、国民感情を悪化させる行動をなくさなければならない」と暗に日本を批判した。今年一月六日には、就任以来初めての記者会見を開いて、安倍晋三首相による靖国神社参拝について「日韓協力の環境を壊すことが繰り返され残念だ」と述べた。

 筆者は日本と韓国の大学の教壇に立つことがあるので、日韓関係について質問を受けることが多い。韓国人学者からは、「どうして日本は国際社会で孤立することばかりするのか」と問われ、日本人からは「日本が韓国にどのように謝罪すれば、韓国はおさまるのか」と聞かれるが、双方の質問に対する回答が見つからない。

 日韓関係の修復が難しいのは、いまの状態が過去の日韓関係とは違うからだ。際立っているのが、大統領の対日姿勢だ。歴代の韓国大統領は、政権末期に反日を強めたが、朴大統領は、就任直後から日韓関係では強硬な態度をとっている。

歴代大統領との違い

 韓国の歴代政権を見てみよう。李承晩大統領は反日一筋だったが、日韓国交樹立前であり、反日イデオロギーのバランスシートを考慮する必要はなかった。朴正煕大統領は、強靱な韓国をつくりあげる上で、日本の協力を得ることが早道だと読み取った。国交を正常化し、日本の資金、技術を導入して、国力をつけて日本に追いつきたいと考えた政治家であった。

 全斗煥大統領は、光州事件のあと国内世論が分裂し、民主化の遅れへの批判が高まるなかで、日本に対しては「韓国が安保で中国大陸の防波堤になっている」という趣旨で、安保経済協力を期待するという政策をとった。盧泰愚と金泳三の両大統領は、韓国の民主化に専念して、日本に政策の照準を合わせることはなかった。

 日韓関係が最も良かったのは金大中大統領の時代だ。一九九八年、日韓首脳会談で日本との防衛交流の必要を説いた日韓共同宣言を出している。盧武鉉大統領は、韓国を取り巻く日米中ロという四つの国家のバランサーとしての役割を模索し、その外交戦略のなかに明確に日本を位置づけていた。李明博大統領は、二〇〇七年十二月、大統領選挙の前日、市長として再建した清渓川前の公園での演説で、「日本に追いつき、中国を引き離すことができる大統領は誰ですか」と観衆に問いかけ、聴衆は「イ・ミョン・バク」を連呼した。日本を過剰に意識した経済重視の大統領だった。だが、南北関係、経済分野で成果がなかったため、最後の一年間は反日姿勢に転じ、竹島上陸を果たすなど日本に「一矢を報いる」行動で名前を残した。

 これに対し、朴槿恵大統領は最初から日本に対して歴史認識を問いかけ、日本の姿勢変換を日韓首脳会談の前提条件にしてきた。

日本外しの「未来志向」

 朴槿恵大統領は、一九五二年生まれ、西江大学で工学をおさめた異色の大統領である。政策目標は、「成長と福祉がかみ合い、全ての人が共同体のなかで信頼し合い、経済・社会的な不平等も補正される社会を建設する」。福祉分野を大事にするソフトなイメージがあり、日本と国交を樹立した朴正煕大統領の娘ということで、日本では李明博政権で傷ついた日韓関係を修復するだろうとの期待があった。実際、昨年五月の『ワシントン・ポスト』のインタビューでは「自由と民主主義など、普遍的価値を共有する最も重要な近隣国である日本との関係が極めて大切」と述べている。

 だが、朴大統領が就任直後に手を付けたのは南北関係だった。昨年四月、北朝鮮がミサイルを移動して軍事的圧力を韓国に加えたとき、朴大統領は北朝鮮との対話姿勢を確認した。北朝鮮の挑発に対処するが、米国、中国の協力を得ながら南北間の信頼を築くことによって、朝鮮半島に持続可能な平和を定着させ、平和統一の基盤を構築する方針に基づくものだった。五月に北朝鮮が緊張をあおる言動を停止したとき、韓国内では、朴政権が米国、中国と連携した成果との評価が高まった。七月には南北間で、開城工業団地の操業を再開する協議が始まり、九月に再開された。朴政権の対北政策の勝利とされている。

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