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森本あんり✕渡辺靖「陰謀論大国アメリカ」はどこへ行くのか

森本あんり(国際基督教大学教授)×渡辺 靖(慶應義塾大学教授)
渡辺 靖氏(左)×森本あんり氏(右)
 アメリカ史は陰謀論のオンパレード? 神学、宗教学が専門で、『不寛容論』などの著者、森本あんり国際基督教大学教授と、『リバタリアニズム』『白人ナショナリズム』で現代アメリカ社会を深くえぐった渡辺靖慶應義塾大学教授による対談の冒頭部分をご紹介。

キリスト教と合理主義

森本 アメリカの陰謀論を語る上で外せないのが、キリスト教との関係です。そもそもキリスト教と陰謀論には親和性があります。この世界の背後には神という目に見えない首謀者がいて、自らの意思で宇宙全体を導き、計画を実現しているというのがキリスト教のパラダイムですから。現実世界に見えている離れた点と点を結ぶと、いつの間にか大きな絵が浮かび上がってきます。これは陰謀論と同じ構造です。

 振り返ってみると、アメリカ史は陰謀論のオンパレードですよね。魔女裁判があったし、先住民のことは悪魔の手先だと疑うし、ヨーロッパの勢力が狙っているから気をつけろとか。そこにさらに反知性主義(知性と権力が結びつくことへの反発)が台頭してきている。

 アメリカは近代の合理主義、啓蒙主義から生まれた国なので、物事はすべて合理的に進んで形成されるのだというリベラルな歴史認識が前提にあります。だから、少しでも合理的でないこと、意図せざるパターンが始まると、何かがおかしいのではないか、誰かが違うことを企んでいるのではないかという論理が自然と発達してしまう。

 もちろん、説明のつかないものをどうにかして納得しようとすること自体は、人間に備わった普遍的な能力なのですが、キリスト教の基本構造と、アメリカ固有の近代合理主義の産物としての合理主義史観が合わさることで、過剰な陰謀論の温床ができあがってしまうのです。

渡辺 アメリカは、個人の自由や権利を尊重する、旧世界とは異なる実験国家として出発しただけに、自らの自由や権利を脅かす他者への警戒心が生じやすい土壌がありますね。一九九五年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件は、そうした疑念が政府という強大な権力に向かった最も極端な例でしたが、ほかにも共産主義勢力に対する赤狩りや、グローバリズムが自分たちを包摂し、支配するのではないかという警戒心など、個人の自由や権利に力点を置くアメリカ社会特有の感覚が内在している。

 さらに、ここ三〇年ほどは保守対リベラル、共和党対民主党の図式が「我々か奴らか」という二項対立を強め、格差拡大が自己実現を難しくしてもいます。アメリカン・ドリームの消滅を危惧する人たちが、ティーパーティー(二〇〇九年に始まった保守派の市民運動)の場合は大きな政府、「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」の場合は金融界と富裕層といったところに「奴ら」を見つけてしまう。個人主義の土壌に、党派政治や格差拡大といった社会要因が加わり、陰謀論がより広まりやすくなっています。

 森本先生がおっしゃったように、人間は未知なる状況に接すると、すぐに相関関係や因果関係を見つけようとします。例えば人事や外交について、裏で誰それが操っているといった臆測が広がることは我々の社会でもよくありますし、秘匿性の高い分野ほど疑念は高まりやすい。何かしらの意味づけをしようとすること自体は、人間に本来備わった知的エクササイズです。

 宗教もまた、何が起きるかわからないこの世界を意味づけようとする一つの体系であり、そこには共通点があるとのご指摘には膝を打つのですが、一方で、キリスト教と陰謀論が全く同じかといえば、どこか違うような気もする。宗教と陰謀論の境界線はどこにあるのでしょうか。

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