爪を隠した中国の経済展望 丸川知雄

丸川知雄(東京大学教授)

爪を隠す中国

 実は全人代で採択された第一四次五ヵ年計画にはいくつかの驚くべき変化があった。その第一は、今後のGDP成長率について具体的な数値目標を定めなかったことである。これは、五ヵ年計画の性格を根本的に変えるといってもいいぐらいの変化である。

 中国では一九五三年に始まる第一次五ヵ年計画(一九五三~五七年)以来、これまで一三回の五ヵ年計画を経てきたが、そのすべてが先進国にキャッチアップするための計画だったといってよい。第七次五ヵ年計画(一九八六~九〇年)以降はGDP成長率、それ以前は工業生産額などの成長率の目標が定められており、その目標の実現に向けて各産業や各部門の任務を定める、というのが五ヵ年計画を作る目的であった。二〇二〇年に最終年を迎えた第一三次五ヵ年計画でも年率六・五%以上のGDP成長と、二〇二〇年のGDPを一〇年比で倍にすることが目標となっていた。

 ところが、今回は「GDP成長率は合理的な範囲を保ち、各年の目標は状況をみて定める」として、具体的な数字を示さなかった。重要な数値目標として示されているのは、生産年齢人口の平均教育年数を現行の一〇・八年から二〇二五年には一一・三年に延ばすことや、単位GDPあたりのエネルギー消費量と二酸化炭素排出量を、五年間でそれぞれ一三・五%、一八%減らす、といった社会や環境に関する目標のみである。

 肝心の成長率の目標を掲げないとすれば、いったい何のための五ヵ年計画なのかと存在意義を問われる。そもそも、市場経済を目指すことを宣言してからまもなく三〇年になろうとしているのに、その後も五ヵ年計画が間断なく作られていること自体が不思議である。たしかに、第一一次五ヵ年計画(二〇〇六~一〇年)以降は、中国語での呼称が「計画」から「規画」に変わり、その内容も政府の指令からビジョンに近いものに変化してきた。とはいえ、五ヵ年計画は中国の経済政策と社会政策の総方針を定める文書としての権威を保ち続けている。

 今回、五ヵ年計画に成長率の目標が盛り込まれなかったのは、端的にいってアメリカへの配慮だろう。米中逆転が間近になるなかで、もし中国がキャッチアップに総力を挙げる姿勢を見せるならば、欧米や日本の警戒心をいやがうえにも高める。そうなればアメリカがトランプ政権時代に中国の台頭を阻もうとして打ち出したもろもろの政策の撤廃が遠のくばかりか、さらに制限的な措置も付け加わり、中国の経済発展をめぐる国際環境を悪化させることになる。そこで第一四次五ヵ年計画では、経済規模や対外的影響力の拡大を目指すような表現が、意図的に避けられているように見受けられる。

 唯一残っているのは、二〇三五年の長期目標として「一人あたりGDPにおいて先進国の中ぐらいの水準を目指す」という文言である。中国の一人あたりGDPは二〇二〇年には一万五〇〇ドルだったが、筆者の予測では二〇三五年には二万一〇〇〇ドルぐらいになる。これは現在のギリシャやスロバキアぐらいの水準で、世界銀行の分類における高所得国の中ぐらいとなる。これに一四億人の人口を乗じると、アメリカのGDPを優に上回るのだが、一人あたりGDPで表現することによってアメリカを刺激しないようにしている。

 

(『中央公論』2021年5月号より抜粋)

丸川知雄(東京大学教授)
〔まるかわともお〕
1964年東京都生まれ。87年東京大学経済学部卒業。同年アジア経済研究所入所。2001年より東京大学社会科学研究所助教授、07年より同教授。著書に『シリーズ現代中国経済3 労働市場の地殻変動』『現代中国の産業』『現代中国経済』、共編著に『中国・新興国ネクサス』など。
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