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上田洋子 ロシア兵は悪の鬼「オーク」なのか

上田洋子(ロシア文学者・ゲンロン代表取締役)
写真提供:photo AC
 ウクライナ侵攻以後、ロシア文化をキャンセルする動きなどが広まっています。こうした事態について、ロシア文学者・ゲンロン代表取締役の上田洋子さんがその背景などを踏まえて考えます。
(『中央公論』2022年8月号より抜粋)

ロシア文化のキャンセル――誰が呼びかけているのか

 ロシアのウクライナへの侵攻を受けて、ロシア文化をキャンセルしようとする動きが急速に広まった。

 侵攻から4日後の2月28日、ウクライナ文化・情報政策省が、ロシアに対して政治、経済、スポーツだけでなく、文化面でも制裁をするよう国際社会に呼びかけた。ロシア主催あるいは同国から資金援助を受けるプロジェクトの打ち切り、各地のロシア文化センターの活動停止のみならず、文化団体のメンバーシップからの除外や芸術祭・展示などへの参加停止を求めるもので、そこにはカンヌ国際映画祭やザルツブルク音楽祭など、具体的なフェスティバルや組織の名前も挙げられていた。

 この呼びかけ人には、文化・情報政策大臣のオレクサンドル・トカチェンコのほか、作家のアンドレイ・クルコフやセルヒー・ジャーダン、映画監督のオレグ・センツォフ、劇作家で映画監督のナタリヤ・ヴォロジビトら、ウクライナの文化人28名の名前が並んでいた。

 率直に言って、私は文化人が国と一体化してメッセージを発することには違和感を覚えた。もちろんロシアの侵攻は許されない。私自身、とても大きな精神的打撃を受けた。いまなおウクライナでは人々が無意味な暴力のもと、命の危険にさらされている。しかし、両国は言語も文化もある程度共有する隣国同士だ。両国に出自のまたがる人も多く、完全な断絶は難しい。そもそも文化を明確に国別に区分できるだろうか。

 国という枠組みで起こっている暴力に対し、文化人や知識人が国を超えて協力し合い異議を唱えてきた歴史がこれまではあったはずだ。実際、ウクライナの呼びかけの最後には、「戦争を公然と批判するロシアの芸術家は高く評価する」とも書かれている。しかし、これは裏切りや投降を勧める戦時のアジビラの口調であり、連帯を志向するものではない。その後、ウクライナでは文学や音楽をはじめ、ロシア文化キャンセルのムードが高まった。

 呼びかけ人に名を連ねたクルコフはロシア語作家で、『ペンギンの憂鬱』(新潮クレスト・ブックス)などの邦訳がある。2016年にキーウで直接話を聞く機会があったが、東部紛争の問題を扱う現地の若手作家たちと連帯していると言っていたのを覚えている。ジャーダンは東部ルハンシク(ルガンスク)州生まれ、ハルキウ(ハリコフ)在住のウクライナ語作家・詩人。ロシア語への翻訳も多く、私はモスクワの本屋で小さな詩集を手に取ったのが彼の作品との出会いであった。開戦後は、食料や物資の調達などのボランティア活動を行い、SNSでも人々を励まし続けている。二人とも近年はロシアに批判的だった。

 ヴォロジビトはキーウ生まれ。モスクワのゴーリキー文学大学出身で、「新しい劇」(ノーヴァヤ・ドラマ)と呼ばれるソ連崩壊後の自由な劇作運動の担い手だ。14年のロシアによるクリミア侵攻以降、一貫して東部紛争や対ロシア問題を扱った作品を作り続けている。

 センツォフとロシアの関係はいささかハードである。彼は14年にクリミアでテロを計画した容疑により、ロシアで禁錮20年の判決を受けているのだ。18年の5月から10月、彼はロシアに拘束されているウクライナの政治犯64名の釈放を求めて、刑務所で長期間にわたるハンガーストライキを行った。各国の映画人が支援したが、特にロシアの独立系メディアはこれを自国の問題として捉え、連日報道を続けた。

 センツォフは翌19年にウクライナとの囚人交換で釈放された。そしていまはウクライナ軍で戦っている。彼のフェイスブックでは、4月にはキーウ州イワンキフでロシア軍の占領からの解放を告げる写真が、6月にはドネツク州スラヴャンスクにいる写真が投稿されている。彼はもともと社会派のドキュメンタリー監督だが、武器を持って戦う様子を見るのは複雑な思いだ。

 彼がロシアに拘束されていた頃は、ウクライナの文化人とロシアの反体制知識人の共通の敵はロシア政府だった。戦争によって「国」の概念が文化の上に立ってしまった。

 ソ連時代ですら、ソ連と西側の文化交流は脈々と続いていた。だからこそ、バレエダンサーのバリシニコフは1974年にアメリカに亡命できたのだ。文化や芸術は、人が国や民族の一員である前に人間であることを伝えてきたはずだ。ある国の文化を完全にキャンセルしようとすることは、国民一人ひとりが人であることを許さない態度のように思う。

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