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ユーラシアの行方を握るインドの大国外交

日本国際フォーラム上席研究員・広瀬公巳氏が解説
広瀬公巳(ひろせ・ひろみ)
写真提供:photo AC
 ウクライナ危機では、インドとロシアの深い結びつきが改めて注目された。インドは地政学的な制約から北西方向を唯一の出口とする「閉ざされた国」でありながら、ウクライナ危機によって、ユーラシアにおけるアクターとしての存在感を一気に増し、アフガニスタンの行方についても地域大国としての役割も増している。日米印、そして中ロ印という、ユーラシアにおける対立軸の結節点として外交を多面化させるインド、そしてこれからの対インド関係について考える。

※本稿は、公益財団法人日本国際フォーラム編『ユーラシア・ダイナミズムと日本』収録の「大国外交を多面化するインド」(広瀬公巳)の一部を抜粋・再編集したものです。

ロシアとの紐帯

 2022224日に国連安全保障理事会に提出されたロシアのウクライナ侵攻を非難する決議案の採択で、25日、15か国中、11か国が非難決議に賛成しロシアが孤立する中、インドは中国などとともに棄権に回った。印ロの結びつきの強さを特に軍事面から確認しておく。

 ロシアはインドにとっての最大の武器調達国。空母「ヴィクラマディティヤ」はロシア海軍から譲り受けたものを改装、超音速巡航ミサイル「ブラモス」はロシアと共同開発、そしてロシア製地対空ミサイル「S400」は202111月にインドへの供給が始まった。中国やパキスタンと国境紛争を抱えるインドにとってロシアは、国土への侵入を防ぐための高性能の兵器や装備を、弾薬や部品とともに提供し、保守やシステムの更新まで行ってくれる貴重な存在である。モディ首相、プーチン大統領はほぼ毎年、相互に相手国を訪問し良好な関係を維持し、同年末の首脳会談では今後10年間の軍事技術協力や兵器の共同生産に合意している。

 インドがソ連(ロシア)と密接な関係を深めるきっかけになったのは、1962年の中印国境紛争での敗戦とその翌々年の中国の核実験だ。国産の武器を作る力がなかったインドに、ソ連の武器が流れ込んでいった。1965年の第二次印パ戦争で、アメリカがパキスタンに戦闘機F104を供与したのに対し、ソ連はインドにミグ21を提供している。中国よりソ連と結ぶ道を選択したインドは1979年のアフガニスタン侵攻を非難せず、ソ連側も1971年の第三次印パ戦争でインドの軍事行動を止める国連決議に拒否権を行使した。冷戦時代に社会主義の経済体制をとっていたインドの製品は品質が悪く国際競争力を持たなかったが、ソ連はそのインド製品を購入して武器を調達する資金を提供した。

 武器の調達だけではない。1998年、インド人民党が核実験を強行するとロシアはインドを強くは非難せずアメリカや日本などが課した経済制裁の列に加わらなかった。

 筆者がNHKの記者としてデリーに駐在していた2000年には、アメリカのクリントン大統領と、大統領に当選したばかりのプーチン氏が相次いで訪問した。インドと「戦略的パートナーシップ」を結んだプーチン大統領は、インドと商業用原子炉輸出契約を取り交わした。核技術の分野でソ連時代と同じようにロシアがインドに深く関与する姿勢を示し、その証としてインドのタラプル原子力発電所への燃料の供給に動いた。これは単なる燃料の提供ではなく、核実験の制裁で孤立していたインドに対していち早く事実上の「核保有国」としての特別な地位を承認するという意味があった。

 インドは防衛装備の調達先をヨーロッパやアメリカに多国籍化してきており、ロシアもパキスタンへの武器売却に動いているが、核保有国としての両国の共感や、長年の武器取引の信頼にもとづく結束は決して甘くみるべきものではない。

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