ユーラシアの行方を握るインドの大国外交

日本国際フォーラム上席研究員・広瀬公巳氏が解説
広瀬公巳(ひろせ・ひろみ)

多面化するインドの外交

 以上みてきたように、ユーラシアの中の重要な位置にありながら、陸の孤島として国内のインド世界に閉じこもっていたインドはユーラシア世界の将来を左右する大国としての存在感を強めている。

 1960年代までは非同盟、そしてそれに続く印ソの同盟に近い関係が基軸にあり、1990年代にはソビエト連邦の解体を受けインド外交は対米重視にシフトしていった。2000年代に入ると新興経済国がBRICs として注目を集め、インドの外交もグローバル・プレーヤーとしての大国を意識するものに変化した。植民地からの独立、非同盟、地域大国、超大国へと拡大の一途をたどっている。

 2012年に公開された報告書『非同盟2.0──21世紀におけるインドの外交戦略政策』は、自国の基本対外政策を文書に示さないインドが長期的な外交指針として大国を志向する路線を示したものとして注目された。2014年の総選挙で勝利したインド人民党は、綱領で「卓越したインド」を掲げた。そして2018年のインド独立記念日の式典では、モディ首相が「眠っていた象が起き上がって走り出したことに世界が驚いている」と語った。

 大国化する今後のインドがユーラシアにおいてどのような役割を果たすことになるのかについて、筆者は「二つの三角形」を考えてみたい。

 一つは印米日の三角形である。民主主義と法の支配の理念を基調とするもので「海」を舞台にした連携の動きが注目される。もう一つは印中ロの三角形である。こちらは歴史と土地の支配の現実を基調とするもので「陸」を舞台にした駆け引きが注目される。インドはこの二つの三角形のいずれの頂点にもなっている。

zu_p275_page-0001.jpgユーラシアをめぐるインドの立ち位置概念図(提供:『ユーラシア・ダイナミズムと日本』公益財団法人 日本国際フォーラム 編/中央公論新社)

 まず一つ目は、印米日の三角形である。三角形の各辺を見ると、インドは日本との間では東南アジアを介した地理的な近接性を持っている。そしてアメリカとの間では地理的な遠隔性が故の外交的な接近があり、具体的には原子力協力、情報通信、印僑などのつながりがある。印米を結ぶこの辺は先述のアフガニスタンの対テロ戦や合同演習などの海洋安全保障の連携の動きが含まれる。

 インドが頂点となっているもう一つの三角形は印中ロである。こちらの三角形は、習近平主席、プーチン大統領という強い指導者による長期政権が続いている。選挙で指導者を選ぶ日本やアメリカは指導者が比較的短期で交代することが多いが、インドは民主主義国であるものの現在のモディ政権が議会での安定多数と高い支持率を維持し、「強い指導者」となっている。三角形の各辺を見ると、ロシアとの間では軍事・エネルギーで古くからの強い結びつきがあり、中央アジアを交えた地域開発でもロシアは敵にはできない関係である。中国との関係においては、アジアの二大大国として利益を共有する場面も多い。

 つまりインドは欧米諸国との関係を維持しながらも、歴史的に結びつきの強いロシアとの協力は重視している。海軍の潜水艦をロシアから購入する計画で、中国に対しても、インドは友好的な経済関係の強化を求めている。つまり、この三国は、協力の度合いを強めているといえる。もう一つの局であるヨーロッパは、民主主義や法の支配の理念と、歴史と土地の支配という、インドにとって二つの三角形の双方の要素を併せ持つ存在として重要である。

 ウクライナ危機によって、ロシアの友好国であるインドはユーラシアにおけるアクターとしての存在の重さを一気に増すことになったのはいうまでもない。アフガニスタンの今後に責任を持たざるを得ない地域大国としての役割も増している。さらにインドは南アジア地域協力連合(SAARC)で主導的な役割を果たしているが、より広域の国際場裏ではまだ超大国としての地位を築いたとはいえず、国連や西側先進国の外交の舞台では十分に自国の立場を主張できない場合があり、アジア太平洋経済協力(APEC)にも参加していない。このため上海協力機構、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、BRICSの枠組みなど、自国の独自外交を展開できる場での活動を活発化させ、多極化する世界の中で静かに世界潮流のキャスティングボートの位置を確実にしていくだろう。

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