大庭三枝 主体的なプレイヤーASEANの対外戦略

大庭三枝(神奈川大学教授)

一枚岩ではない組織

 よく言われているように、ASEAN諸国は多様である。インドネシアのような地域大国や、シンガポールなど先進国並みの経済水準に達した国もあれば、ラオスのように後発開発途上国の枠にあり、外からの援助頼みでインフラ整備をしなければならない国もある。

 政治体制も、少なくとも選挙制度は一定程度確立しているインドネシアやフィリピンなどもあれば、共産党一党支配体制を維持しているベトナムやラオスもある。さらに島嶼部か大陸部かという地理的な要因も影響し、これらの国々の外交的スタンスは決して一様ではない。加えて21年2月のクーデターによって軍事政権が復活したミャンマーは、ASEANの中でも孤立し、その一体性を揺るがす深刻な懸案のもととなっている。

 彼らの抱える多様な事情を反映し、ASEAN諸国が常に外交的に足並みをそろえているわけではない。しかしながら、1967年に設立され、2022年に55周年を迎えたASEANという組織のもとで対話を続け、相互関係の安定化を図り、安全保障・政治、経済、社会・文化といった様々な分野での協力を進めてきたことには一定の重みがある。

 またASEANは、多様性を抱えるこれらの国々が絶えず意見交換や情報共有を行い、最大公約数的ではあってもそのスタンスを集約し、彼らとしての立場を内外に発信するための重要な装置としても機能してきた。

 具体的には、ASEAN諸国は個々の国レベルでアメリカ、中国、日本、インド、オーストラリアなど主要な域外国との関係をそれぞれ強化するのと並行し、「ASEAN+1」、すなわちASEANとしてこれらの諸国それぞれとの対話や協議、協力関係を制度化してきた。それに加え、ASEAN諸国は、ASEANを中心とした地域制度──ASEAN地域フォーラム(ARF)、ASEAN+3、東アジアサミット(EAS)、ASEAN防衛大臣会合プラス(ADMM+)──を重層的に形成し、地域秩序の安定に主体的に関わってきた。

 これまでの成果を今後も維持し、地域秩序を安定させるにはASEANの役割が欠かせない、と主張する際に彼らが強調するのが「ASEANの中心性」である。また、ASEAN諸国のこうした域外国への全方向的な戦略を、オーストラリア国立大学のエヴリン・ゴー教授は、「多方向巻き込み戦略」と称した。

 どの大国にも傾くことを避けバランスを取る、という彼らの対外戦略は、リスクヘッジの観点から生まれるものである。マレーシア国立大学のチェンツィー・クイック(Kuik Cheng-Chwee)教授は、ASEANが直面するリスクの形態として、「特定の大国のみに取り込まれてしまうリスク」「特定の大国に依存するもはしごを外されるという見捨てられリスク」「大国間の争いによって分裂するリスク」「ASEANの重要性が低下するといういわば『周辺化』リスク」の四つを挙げている。これらを避けるための「多方向巻き込み戦略」は、彼らにとっていっそう重要になっている。

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