小泉 悠×熊倉 潤 プーチンと習近平の急所はどこにあるのか?――二つの権威主義体制を徹底解剖
統治機構の流動性の違い
小泉 ロシアと中国を比べると、中国は共産党独裁国家とはいえ、原則として国家主席を2期務めたら引退していく政権交代の安定的な仕組みがあるところが、権威主義国家でありながらうまく一党独裁を維持できている理由ではないでしょうか。
プーチンも来年、大統領選挙を控えていて、通算5期目に入ることが予想されています。ただ、戒厳令を出して、選挙をしない可能性もあると私は見ています。今、ウクライナがまさに戒厳令を出していて、来年の大統領選を行わないことがほぼ確定しています。ゼレンスキーの場合は、さすがに戦争が終われば選挙を再開する気はあると思いますが、プーチンの場合、彼が死ぬまで戒厳令は解除されない気がします。
また、元々プーチンの国家指導者としてのアイデンティティが、非常時に立法・司法・行政の三権を軍部にゆだね、それを指揮する戒厳司令官なのではないかという気がしてならないんです。1990年代にソ連崩壊によって滅茶苦茶になってしまったロシア社会を立て直すためには強大な権力が必要で、プーチンは自分がやらなければ誰がやるといった気持ちで、ロシアのためにと思ってやってきた。しかし戒厳司令官として権力をふるい過ぎて、怖くてやめられない状態になってしまっているのが今のプーチンであり、ロシアの状況だと思っています。
対して習近平は、今回3期目を務めないで引退することもできた気がするんですが、慣行を壊してまで続投を決めたのはなぜでしょう?
熊倉 なぜそうしたのか私にはよく分かりませんが、自らの地位を守るために、後継者が現れないようにしたと言われています。それで思い起こされるのが、昨年のカザフスタンの政変です。この一件は権威主義国家の権力移譲の難しさを思い知らせるものでした。もちろん習近平の3期目続投はもっと前に決定的になっていたので、その決定に影響を与えたわけではありませんが、あれでますます習近平はやめられなくなったのかなと思います。
小泉 私も同じことを考えていました。カザフスタンでは、大統領を約30年務めていたナザルバエフが、2019年に大統領を退きエルバス(国家指導者)の称号を得て実質的な院政を行っていました。しかし、反政府デモにより22年に失脚し、衝撃が広がりました。
私はナザルバエフが引退を表明した時に、これはプーチンにとっていいロールモデルができたと思ったんです。ナザルバエフを見習ってプーチンも院政をしくのではないかと考えましたし、翌20年にプーチンが憲法を改正すると発言した時は、いよいよその方向に向かうのかと思いました。しかしナザルバエフの一件を見て、プーチンは院政という選択肢はないと考えたのではないかと。プーチンは引退したあとどうなるかが怖くて仕方がないから、意図的に後継者をつくらず、誰かに譲る雰囲気すら見せないようにしているのではないかと思っています。
熊倉 後継者問題は独裁体制に常につきまとう問題ですよね。習近平は3期目に入り、もしかすると4期目も務める可能性があります。終身制の罠に陥っている感もある。そうすると、ソ連の最高指導者をブレジネフが18年間務めたような形になっていくのではないかという議論もあります。ですが、ブレジネフ時代のソ連と習近平時代の中国は統治機構の新陳代謝の点で異なります。
習近平自身は3期目に入っていきますけれど、それ以外の役職に就いていた人物は基本的に入れ替わりました。68歳定年制の不文律は、今のところ概ね維持されています。これが今後も維持されるとすれば、トップである習近平は老いてなお権力を維持するとしても、他の幹部の新陳代謝はある程度進むと考えられます。この点は中国共産党のシステマティックなところです。
小泉 ブレジネフの政権メンバーはみんな一緒に老いていきましたからね。ロシアとなった現在でも、いつまでもポストを動かさないのが特徴です。
熊倉 中国はポストの流動性が高いんですよね。共産党の幹部は基本的に異動があります。出身地でずっと幹部をしていると腐敗に繋がるので、あえて出身地ではないところに着任させます。その点一つ取ってみても、中露で異なる点は多いです。
(続きは『中央公論』2023年3月号で)
構成:小山 晃
1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。同大学大学院政治学研究科修士課程修了。専門はロシア軍事研究。外務省専門分析員、国立国会図書館非常勤調査員などを経て現職。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(サントリー学芸賞)、『現代ロシアの軍事戦略』『ウクライナ戦争』など。
◆熊倉 潤〔くまくらじゅん〕
1986年茨城県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。アメリカ、ロシア、中国、台湾にて在外研究後、アジア経済研究所研究員を経て2021年より現職。著者に『民族自決と民族団結』『新疆ウイグル自治区』(樫山純三賞)。