青木 保×廣瀬陽子 ウクライナ戦争のいま、注目すべき狭間の国々と文化戦略

青木 保(政策研究大学院大学政策研究院シニア・フェロー)×廣瀬陽子(慶応義塾大学教授)

フィンランドの外交力

青木 いま、NATO(北大西洋条約機構)加盟を申請中のフィンランドも、ロシアと西側に挟まれた狭間の国です。廣瀬先生は2017年にヘルシンキ大学の訪問研究員をなさったこともありますね。


廣瀬 フィンランドはロシアをよく研究していますし、欧米の一員であるにもかかわらずロシアが比較的警戒せず付き合ってきた珍しい国です。思考は西側寄りですが、ロシアのことも偏見なく尊重してきた。冬戦争(1939~40年の第一次ソ連・フィンランド戦争)、継続戦争(1941~44年の第二次ソ連・フィンランド戦争)ではいまのウクライナと同様の目に遭っていますから、ロシアの怖さも知りつつ、その後はうまくやってきた外交力がすごい。源泉にあるのは「なんとしても独立を維持する」という強い信念です。その〝狭間性〟を活かして、ロシアと欧米の交渉では仲介役を務め、国際的なプレゼンスを高めてきました。

 実はフィンランドとウクライナには共通点があります。いずれも、レーニンが国家としてのステイタスを守ったんです。ウクライナはソ連内の国家でしたが、それが現在の主権国家の座の維持に繋がりました。


青木 それは面白い。昔読んだエドマンド・ウィルソンの『フィンランド駅へ』を思い出しますね。


廣瀬 スターリンがフィンランドを併合しようとしたのに対し、レーニンは独立を支持した。その状況が許せず、スターリンは冬戦争を起こしました。プーチンも、レーニンがウクライナを独立させたからこそ、ウクライナ人はつけ上がったと考えている。その意味で、ウクライナ戦争と冬戦争・継続戦争は似ていて、こうした背景も、フィンランドが今回、「もう中立ではいられない」と方針を転換し、NATO加盟に舵を切った理由の一つだと思います。

 昨年10月に国際会議のためフィンランドを訪れた際、ロシア嫌悪の世論の高まりを強く感じました。「これまで中立で我慢していたけれど、あんな暴挙に出る国にもう遠慮はいらない、自衛すべきだ」と多くの人が考えているし、「ウクライナにあれほど苦戦しているロシアなどもはや怖くない、NATOに入って自由にやればいい」という声も一部から聞こえました。


(続きは『中央公論』2023年4月号で)


構成:高松夕佳

中央公論 2023年4月号
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青木 保(政策研究大学院大学政策研究院シニア・フェロー)×廣瀬陽子(慶応義塾大学教授)
◆青木 保〔あおきたもつ〕
1938年東京生まれ。東京大学大学院文化人類学専修修士課程修了。博士(人間科学)。大阪大学教授、東京大学教授、文化庁長官、国立新美術館館長などを歴任。『タイの僧院にて』、『儀礼の象徴性』(サントリー学芸賞)、『「日本文化論」の変容──戦後日本の文化とアイデンティティー』(吉野作造賞)、『異文化理解』『エドワード・ホッパー』など著書多数。

◆廣瀬陽子〔ひろせようこ〕
1972年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、同大学院博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。東京外国語大学准教授などを経て現職。専門は国際政治、コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。著書に『コーカサス──国際関係の十字路』(アジア・太平洋賞特別賞)、『ハイブリッド戦争』などがある。
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