赤根智子×フィリップ・オステン プーチンに逮捕状を出した日本人裁判官が語る、逮捕の可能性と自身への「指名手配」

赤根智子(国際刑事裁判所判事)×フィリップ・オステン(慶應義塾大学教授)

プーチン逮捕の可能性

──プーチン氏に対する逮捕状が執行される可能性はあるのでしょうか。


赤根 逮捕状は対象者を逮捕して次の司法手続きに進むためのものです。裁判官は執行の可能性がまったくないと思って発付することはありません。それ以上の政治的な意義は、裁判官として話すのは適切ではないと思います。ただ、日本国内の場合と異なり、逮捕状には有効期限がありません。被疑者死亡で逮捕状を無効にするといったことがない限り、逮捕状は出されたままになります。


オステン 逮捕状が出たこと自体が極めて重要な一歩だと、間違いなく言えると思います。今回、ICCは国連安保理の常任理事国の現職大統領に対して逮捕状を出したわけです。そのような人物に対しても訴追をためらわない、という姿勢を示したもので、国際刑事法廷の歴史ではじめてのことです。

 ICCには警察のような専属の執行機関がないので、自ら被疑者の身柄を拘束することはできず、「手足のない巨人」とも呼ばれます。逮捕状執行のためには加盟国に協力を要請し、その人物が入国した場合に逮捕して身柄を引き渡してもらうことになります。


赤根 ICC加盟国は、逮捕状を出されている人が国内に立ち入れば、ICCからの協力要請に応じて、逮捕状を執行するか、執行のための措置を取るというローマ規程上の義務があります。これは日本にも当てはまります。07年の加盟時に制定した「国際刑事裁判所協力法」に基づいて手続きを行うことが法律上定められているのです。


オステン プーチン氏の身柄確保に至るかどうかは、現段階では未知数です。それでも123の加盟国に協力義務が生じたことには大きなインパクトがあります。副次的な効果としては、現時点ですでにプーチン氏の移動の自由を抑止する効果が出ています。8月22~24日の新興5ヵ国(BRICS)首脳会議では、主催国でICC加盟国の南アフリカから対面出席見合わせの要請があり、プーチン氏はオンラインで参加しました。

 法的にみれば、加盟国に身柄確保の協力義務がある一方、現職の国家元首にはいわば不逮捕特権があり、二つの異なる要請が衝突する場面が出てくる可能性はあります。国際慣習法上、国家元首、政府の長、外務大臣には「人的免除」が認められ、在任中であれば外国の刑事管轄権の行使を受けることはありません。ただし、あくまで在任中のみですから、退任後に訴追の可能性はあります。


──過去に同様の例はありましたか。


オステン アフリカ・スーダンのオマル・バシル元大統領の事件で争点化したことがあります。バシル氏がダルフール地方での虐殺に関わった疑いで、09年、ICCは逮捕状を出しました。ところが、バシル氏が大統領在任中にヨルダンを訪問した際、ヨルダンは加盟国であるにもかかわらず、逮捕せず出国させたのです。これが協力義務に違反するかどうかが争われたICCの裁判で、国際法廷による訴追の場合には人的免除が認められず、ヨルダンは逮捕する義務があったとの判断が示されました。

 ただし現実には、プーチン氏の身柄を在職中はもちろん、退任後にも確保できるのか、という問題が残ります。ロシア憲法には自国民の不引き渡しの原則にあたる規定が存在するため、ロシア国内にとどまればICCへの引き渡しは望めません。けれども、国際社会が経済制裁や外交上の圧力などを駆使し、国内にも逃げ場をなくしていくことが重要です。

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