ハディ ハーニ パレスチナ・イスラエル紛争の非対称性

ハディ ハーニ(明治大学特任講師)

「テロ」と「正当防衛」を表層─戦術レベルから考える

 以上を踏まえ、今回の衝突、つまり戦術レベルの現象を切り取って考える。まず、ガザ地区のハマースは、イスラエル市民に対して「テロ」を実行した。怒りに任せ、無差別に非戦闘員を攻撃し、人質を取り、遺体を損壊して見せしめにするなど、彼らの標榜するイスラーム法においても正当化し難い蛮行に走った。

 これに対してイスラエルは「正当防衛」を主張して報復攻撃を実行した。ただし報復は明らかに自衛の度を越えた。逃げ場のないガザ地区では一般市民にまで及ぶ無差別なコラテラル・ダメージ(二次的犠牲)を事実上容認し、インフラの破壊や遮断、無誘導爆弾の使用など、既に大規模なジェノサイドを展開している。

 こうしたイスラエルの「正当防衛」については、過去・現在の事例のいずれにおいても各種の戦争犯罪が指摘されている。その意味ではハマースの暴力と同じく国際的規範に反する蛮行である。また先のテロ概念に基づくなら、「国家テロ」に他ならない。

 したがって、戦術レベルで現在進行中なのは「対テロ戦争」ではなく、「テロ対テロ」である。仮にテロが常に悪なら「悪対悪」なのである。

「いかなる理由においてもテロリズムを容認すべきではない」とする言説も見られるが、その通りだとすれば、国際社会は、ハマースとイスラエルの双方を容認してはならない。

 それならと、「先制攻撃をしたほうが悪だ」という言説もある。しかし紛争が始まったのは最近のことではない。同じ論法で言うなら、1948年の第1次中東戦争直前に発生したパレスチナ人に対する「先制」的民族浄化という、イスラエル側の先制テロをまず問題にしなければならないだろう。

 その後は、双方のテロの応酬が続いたと言えるが、特に1967年の第3次中東戦争において、国連安保理決議にも反するイスラエルの軍事占領という、圧倒的に巨大な「テロ構造」が出現したことも想起する必要がある。

 さらに付言すれば、「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉が示す通り、それが「テロリスト」か「解放/国防の英雄」か、善か悪かは、常に立場と結果に左右される。この意味で、テロリストのレッテル貼りは本質的には無意味である。一方でテロの語をむやみに使用することは、紛争の非対称性を隠蔽するとともに、恣意的な善悪の評価も植え付け、紛争の正確な理解を妨げてしまう。(10月25日脱稿)

(続きは『中央公論』2023年12月号で)

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ハディ ハーニ(明治大学特任講師)
〔Hani Abdelhadi〕
1992年埼玉県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。2023年より現職。東京ジャーミイ文書館理事等を兼務。主な論文に「パレスチナ問題における解決案の行き詰まり」「イスラーム法からみるパレスチナ問題」などがある。
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