前嶋和弘 分断とフェイクに揺れる大統領選挙――真贋の区別がつかない情報戦

前嶋和弘(上智大学教授)
写真提供:photo AC
(『中央公論』2024年1月号より抜粋)

「バイデン勝利」のディストピアCM

 アメリカ大統領選挙・議会選挙が行われる24年は、選挙広告に生成AIがはじめて本格的に利用される「生成AI選挙元年」となるはずだ。ただ、その舞台になるSNS上には生成AIを悪用した偽画像があふれて、真贋の区別がつかないような状況になると見られている。

 そんな懸念を裏付ける動きがすでに出ている。23年4月、バイデン大統領が再選出馬を表明した直後に、彼を酷評する「ニュース映像」が現れて大きな話題となった。この映像は共和党全国委員会(RNC)が生成AIを使って作成したオンラインCMだ(https://www.youtube.com/watch?v=kLMMxgtxQ1Y)。

 これは次のように始まる。「速報です。24年選挙の結果は......」という女性の「記者」の声が入り、バイデンとカマラ・ハリス副大統領が支持者の歓声に応えるように見える画像が挿入される。つまり、近未来の「嘘のニュース」である。画像に重ねて「もし、これまでで最も弱い大統領が再選されたらどうなるか」というテロップが大きく表示される。

 ここからは「もしも(What if)の世界」だ。「今朝、中国が台湾を侵略した」というナレーションとともに、戦闘機が飛び、建物が爆破され、中国人らしき人々が気勢を上げる画像が続く。

 次に、「金融システムが崩壊し、500の地方銀行が倒産した」という男性の声が続く。閉鎖された銀行に取り付け騒ぎで人々が並んでいる画像が現れる。

 さらに、「8万人の非合法移民が昨日、国境に押し寄せた」として、大量の非合法移民らしき人々の画像が現れる。「犯罪と合成麻薬フェンタニルのためにサンフランシスコが閉鎖された」という声が続き、軍隊が整列した画像と犯罪者らしき入れ墨だらけの男のアップの画像が次々に現れる。

 この間、わずか30秒。締めくくりはこうだ。「こんな状況の責任は誰にあるのか」という声。そして、ホワイトハウスと見られる自室の机に苦渋の表情で頬杖をつくバイデン。何ともみじめに見える。

 報道記者らしき人物の声もまるで本物のように聞こえる。バイデンが再選された近未来はこんなふうになってしまうという、不幸や抑圧が支配する「ディストピア」のイメージは強烈だ。なかなかよくできたネガティブ広告であり、アメリカでは大きな話題となった。

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