細谷雄一×東野篤子×小泉 悠「ウクライナ戦争が変えた日本の言論地図」

細谷雄一(慶應義塾大学教授)×東野篤子(筑波大学教授)×小泉 悠(東京大学先端科学技術研究センター准教授)
小泉 悠氏(左)、東野篤子氏(中央)、細谷雄一氏(右)
 さまざまな人の発言、ときには誹謗中傷も飛び交うネット空間。SNSを積極的に使って発言を続けている国際政治学者3名が、ウクライナ戦争以降のネットを中心とした言論空間について語り合った。
(『中央公論』2024年4月号より抜粋)

SNSを始めたのは......

細谷 小泉さんは20万人、東野さんは10万人弱と、日本の国際政治学者ではトップクラスのX(旧Twitter)のフォロワーをお持ちです。今日は、まずSNSを使い始めた経緯から話すことにしましょうか。


小泉 私が初めてやったSNSは、大学時代に流行ったmixi(ミクシィ)です。mixiが廃れて以降はしばらく遠ざかっていましたが、その後、外務省の専門分析員をしていたとき、当時の情報官が「Twitterというものができた。アメリカの専門家の意見がリアルタイムで読めてすごいぞ」と言うのを聞き、アカウントを作りました。以来、時折つぶやいたり他人の意見を読んだりと、ごく普通の付き合い方をしていたのですが、東日本大震災のとき、「アメリカ通の友人によれば、アメリカ人はヤバいときほどジョークが面白くなるそうだ。デーブ・スペクターのジョークが面白くないから、日本はまだ大丈夫」とつぶやいたらバズり、フォロワーが一気に増えました。


細谷 私は十数年前にTwitterを始めたものの、執拗な攻撃に疲れてやめてしまい、10年ほど離れていました。それが4年ほど前、(インターネット配信番組の)「国際政治チャンネル」出演中に、「そろそろTwitter、復活させましょうよ」と鈴木一人さんと故中山俊宏さんにけしかけられて再開しました。小泉さんに影響されて、洒落の利いた短い一言で笑いを誘う「大喜利スタイル」も試しましたが、学生にはすこぶる評判が悪くやめました(笑)。低調ながら、試行錯誤を続けています。

 東野さんは提言が中心のアカデミックなスタイルを貫いていますね。私は、緻密な研究に定評のある東野さんがSNSで「ジャンヌ・ダルク」的に戦い、ファンを獲得しているのが、いまだに信じられないのですが。


東野 私は2007年頃Facebookから入りました。動機は、留学先の指導教官がアップした赤ちゃんの写真見たさだったのです。そのうち、ヨーロッパ関係の面白い記事を紹介するようになりました。Facebookで繋がっているのは直接の友人や知り合いだけで、「久しぶりに知識に触れた」などと喜ばれたこともあり、気軽に投稿していました。

 Twitterを始めたのはコロナ禍の最中です。同じ政治学者の夫(鶴岡路人氏)からはずっと、「最近はヨーロッパの政治家も最新の情報や自分の意見をTwitterでリアルタイムで発信していて、情報収集にいいよ」と言われていたのですが、怖くて触っていなかった。それをコロナ禍の手持ち無沙汰でつい始めてしまったのです。Facebookと同じスタイルで記事を紹介していたら、すぐフォロワーが5000人ほどになった。ちょうどいい規模だと思っていた折、ロシアによるウクライナ侵略が始まりました。それで海外の公開情報を中心につぶやいていたところ、侵略への関心で読まれるようになり、同時に「ウクライナ側に立つなんてけしからん」と攻撃されるようにもなりました。

 フォロワーが多いのは、実はあまりいいことではありません。私のフォロワーの相当の割合が、情報を得るためにフォローしているのではなく、攻撃のきっかけを狙って炎上させるための、いわゆる「監視アカウント」でしょう。10万人弱のうち、真面目に読んでくれる人が300人いれば御の字だと思っています。


小泉 僕の体感も同じです。経験的に、お金を払って僕の本を買ってくれる人はフォロワーの0・3~0・5%。1万人程度のフォロワーでは商売にならない一方で、「フォロワー数=突きつけられる銃口の数」というネット格言もある。SNSは、客よりアンチが増えてしまうという構造になっている気がします。

 ただ、SNSには酒のような中毒性もあるんです。やらずにすむならやらないほうがいいのに、ついやってしまう。まあ私は、酒もSNSもろくでもないと思いつつ、やめようと思ったことはないのですが。(笑)


東野 相当な誹謗中傷を受けているのに続けられる小泉先生は、きっとSNSに向いているのだと思います。私は未だに苦手意識を持ちながらやっていますが、やめれば私の研究領域がますます知られなくなってしまうことを心配しています。ウクライナ侵略までは、私はメディアに縁がなく、研究も注目されない傍流研究者でした。それがメディアとSNSとの相互作用で、ようやく私の研究領域であるヨーロッパの国際政治を少し日本の皆さんに知っていただけるようになりました。戦争の渦中にあるウクライナを全力支援する人が減ったらどうなる? という恐れもある。私一人がいなくても言論空間は変わらないと思う自分と、しつこく言い続ける存在は必要だと思う自分の間で常に葛藤していました。

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