アメリカ文化としての「スポーツ賭博」

前嶋和弘(上智大学教授)

依存症の問題

 ここまでみてきたように、アメリカではオンラインのスポーツベッティングは敷居が低く、今後もさらに利用者は増えるだろう。

 報じられている情報から考えれば、水原氏の行為は違法であり、罪は免れない。ただ、今回の水原氏の問題でより社会的に重要なのは、ギャンブル依存症への対応である。

 水原氏が、「大谷選手の盟友」というこれ以上ないイメージが崩れ去るのを承知で、大谷選手の預金へ不正アクセスをしてまで得た巨額の資金をギャンブルに費やすことになったのは、想像を超えるようなギャンブル依存の状況である。悲劇でしかない。本人の心のケアを通じて、第二の水原氏の出現を防がなければならないだろう。

 業者にもよるが、上述のようにアメリカのスポーツベッティングサイトの場合、依存症を避けるために、1試合あたり100ドル以上を賭けることができなくなっている。それでも複数のサイトを使う利用者は後を絶たない。

 ギャンブル依存症は世界保健機関(WHO)が認定するれっきとした病気である。賭け事をすると快楽を感じる「ドーパミン」という物質が脳内に放出されるが、過剰な快感が継続すると感受性が鈍くなり、さらに強い快感を望むのが依存症のメカニズムであるといわれている。いったん依存症になると立ち直るのは難しい。嘘をついて借金を重ね、経済的な破綻状況まで突っ走る恐れもある。ここまでは解明されているが、喫緊の課題である依存を起こさせない仕組みづくりはまだ確立しているとはいいがたい。

 大手のスポーツベッティングサイトの場合、日本など国外からアクセスをすると、IPアドレスや経由のルータの位置から判断して遮断しているところも多い。アクセスができるものでも、登録の際に自分の居住地域やクレジットカードなどの情報を記入させるため、基本的にはアメリカ国外からの賭けを遮断する仕組みができている。ただ、VPN(仮想専用ネットワーク)という抜け道もあるし、日本を含む国外からの利用者を受け入れているサイトもある。年齢制限もほとんどのサイトでは厳格だが、年齢を偽れば利用できるものもある。

 パチンコなどの日本の各種ギャンブルや、競艇、競馬などのスポーツベッティングにも同じ側面がある。このように考えると、ギャンブル依存症の問題は海の向こうの話ではなく、我々に直結する問題でもある。

(中略部分は『中央公論』2024年7号で)

中央公論 2024年7月号
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前嶋和弘(上智大学教授)
〔まえしまかずひろ〕
1965年静岡県生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業。ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。専門はアメリカ現代政治。著書に『アメリカ政治とメディア』『キャンセルカルチャー』などがある。
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