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八〇年代バブル文化に与えた計り知れない影響力

行列ブーム、ラブホテル、聖子ちゃん……
泉麻人(コラムニスト)

バブルの幕開けに開園した

 僕の世代(1956年生)は子供の頃から"ディズニー"の洗礼を受けてきた。金曜夜八時のテレビ(日本テレビ系)では、プロレスとほぼ週替わりの編成で「ディズニーランド」の番組(W・ディズニー自らアニメや動物ドキュメントを紹介する)を放送していたし、ディズニーのキャラクターを使った森永キャラメルも人気だった。ミッキーマウスやドナルドダックは小学校の図画帳や上履き入れ(カバン)のキャラにも使われていたし、講談社が出していたミッキーやドナルドの絵本シリーズは、誕生日やクリスマスのプレゼントの定番だった。

 そんなわけで、金曜夜のディズニー番組の冒頭で紹介される、シンデレラ城のあるディズニーランドには憧れていた。東京ディズニーランドの誕生によって初めてその魅力に触れた......かというと、そうではない。その前にいわゆる大学の卒業旅行ってやつでフロリダ・オーランドにできた「ディズニー・ワールド」に行っちゃっていた。学園紛争後の僕らは"卒業(海外)旅行ハシリの世代"といってもいいのだろうが、七〇年代後半の当時は雑誌『POPEYE』の影響などもあって、アメリカ(特に西海岸)が一番人気で、コースの中にLAの本拠ディズニーランドを組みこみ、ってのが、"お約束"になっていた。

 東京ディズニーランドが、東京の隣の千葉県浦安にオープンしたのは八三年四月。いったいどんな年だったのか......

〔『中央公論』2013年5月号より〕