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弘兼憲史×楠木 新 60歳からは身軽で新しい自分へ――「人生の仕上げ」の秘訣を語る

弘兼憲史(漫画家)×楠木 新(元神戸松蔭女子学院大学教授)

「妻と旅行」の大いなる誤解

弘兼 バリバリ働いていた男が、リタイア後に気をつけなくてはならないもう一つの問題が、妻との関係です。子どもは巣立っているから、突然家で夫婦二人の生活が始まるわけですね。これは辛い。


楠木 特に妻にとっては。(笑)


弘兼 部下が何人もいたような男も、家では妻に頼り切るじゃないですか。「飯はまだか」「コーヒー淹れてくれ」とか。一日中それをやられたら、それはカチンときますよ。


楠木 世代差もあると思うのですが、男のほうに、「俺が家族を養っているのだ」という意識があると、そうなりがちかもしれません。


弘兼 定年になってから平穏な生活を送りたいと思ったら、やはりその意識は、きれいさっぱり捨て去るのが身のためです。バリバリ働けたのは、妻のサポートがあったおかげでもあるのだから。


楠木 まさにそうですね。


弘兼 かといって、「今まで迷惑をかけたから旅行にでも行くか」というのも考えものです。妻が一緒に旅行に行きたいのは、夫ではなく友人。


楠木 女性は、地域や趣味の世界なんかで、自分のネットワークを築いていますからね。


弘兼 体よく断られるか、旅先で迷惑をかけて、さらに失点を重ねるのが関の山(笑)。とにかく、自分は一家の主として尊重されている、好かれている、と誤解してはだめです。


楠木 60歳を過ぎた学生時代の友人の女性たちに、「定年後の旦那さんとの関係はどう?」と取材して回ったことがあります。状況は千差万別というか、夫のことをボロクソに言いながら、言葉の奥に愛情が感じられる場合もあれば、完全に冷め切っているケースもありました。

 ですから、「夫がリタイアした夫婦は」と一括りにはできませんが、強いて言えば、お互いに話ができる関係かどうかが大きいと感じました。ちゃんとコミュニケーションが取れていれば、表面上は離れているように見えても、だいたいは大丈夫なのだろうと。


弘兼 「あえて離れる」という方法もあります。今の言葉で言えば、「卒婚」。これは僕も実践しているのですが、お互いわりと近場に住んでいて、たまに子ども夫婦なども交えて食事をする。普段連絡を取り合うのは、LINEが中心です。味気ない感じもしますが、電話のように寝ている相手を起こしたりしないので、かえって気軽にコミュニケーションが取れて、重宝しています。


楠木 これは知人の実話なんですが、家を建てることになったとき、妻が「書斎を持ったら」と言ってくれた。その話に周囲の友人は羨ましがったのですが、あてがわれたのは、玄関を入ってすぐの部屋でした。「どうも、俺をリビングにまで入れたくないみたいだ」というオチで、大笑いしたことがあります。

弘兼 間違いなくそうですね(笑)。でも、そういうのも一つの知恵でしょう。夫婦は死ぬまでずっと一緒にいなくてはいけない、みたいな変な呪縛にとらわれていると、かえっておかしなことになる。心のどこかでつながっていれば、それでOKだと思うんですよ。


楠木 男性の側は特に、そこを勘違いしないようにすべきでしょう。

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