芳井敬一(大和ハウス工業社長/CEO)×原田ひ香(作家) お金を軸に人生を考える

芳井敬一(大和ハウス工業社長/CEO)×原田ひ香(作家)

すっかり変わった家族のあり方

原田 主婦が主人公の小説というと、不倫をしている主婦とか、殺人を犯す主婦とかが多い。でも実際は、決して収入は潤沢ではないけれど、なんとかやりくりをし、子どもがかわいくて、ダンナさんとも仲良くやっている奥さんはいっぱいいます。そういう人たちは小説にはなりにくいのですが、「お金」を軸にすれば描くことができると思って書き始めました。


芳井 小説を書くときには、事前に取材をされるのですか。


原田 多少は取材もしましたが、実生活の中から見えてきたことも多いですね。私は、今はなき『すてきな奥さん』をはじめ、『サンキュ!』などの主婦雑誌を15年くらい読み続けてきましたが、時代が変わると雑誌の内容も変わります。読み始めた頃は、「年収200万円台で年間30万円貯めるにはどうしたらいいか」「食費は一家で月に2万円におさめよう」といった内容がスタンダードでした。でも10年くらい前から食費が3万円台になり、主婦が働くというテーマがクローズアップされるようになりました。


芳井 3世代のお金にまつわる話題が出てきますが、奨学金の問題も時代を反映していますね。登場人物の一人、美帆さんは、途中まである男性とつきあっていたけれど、最後のほうで別れてしまう。新しいカレシは、奨学金の返済を抱えている。


原田 ネットなどでは、「美帆さん、あんな男性と結婚して幸せになれるんだろうか」みたいな感想もありました。でも、奨学金を理由に結婚に反対するのはどうなのか。うちの父は昭和16(1941)年生まれですが、私が小さい頃には、奨学金をもらって大学院に通っており、私が中学生のとき母が「やっと返し終わった」と言っていたのをよく覚えています。今思えば、返済しながら子ども3人を育てるのは大変だっただろうな、と。そんな親を見てきたので、この作品には、みんなで力を合わせて未来へ向かっていけばいいという私自身の願いもこめられています。


芳井 僕のまわりにも奨学金をもらって大学に行っている学生さんは多いです。きちんと学んで社会に出て、計画的に返済していけばいい。


原田 ただ、父の世代は月給1万8000円か2万円くらいから始まって、高度成長と歩調を合わせてお給料もどんどん上がっていった。そう考えると、今の若い方はなかなかそんなふうには上がっていかないし、昔より返済が大変なのは確かだと思います。


芳井 家族のあり方も変わってきました。家を買う場合、昔は夫の収入のみで住宅ローンを組む方がほとんどでしたが、現在では、夫婦二人で働いて得た年収をもとに、それぞれが住宅ローンを組む方が多数派です。うちは長女と次女がすでに結婚していますが、どちらも仕事を続け、夫婦2馬力でがんばっています。


原田 私は今52歳、まだ専業主婦になる人も多かった世代で、結婚後も正社員として就業している女性はエリートという雰囲気がありました。ですから小説を書く際、つい、登場人物に子どもが生まれたら仕事を離れる設定にしてしまう。すると若い編集者から、「原田さん、今は夫婦ともども働く設定でないと不自然ですよ。専業主婦でいるのは贅沢なことで、夫がかなり高収入でないと難しいんです」と怒られます。(笑)


芳井 うちの会社も、結婚を機に退職する女性はほとんどいません。


原田 やっぱりそうですか。


芳井 うちはハウスメーカーですが、フランス語で家を表す「maison」は女性名詞です。ハウスそのものが女性なのに、家を売っているのが男性ばかりではよくない。そう思って、女性社員を増やす方針でやってきました。最近は、営業職を希望される女性も多いですね。


原田 確かに、ここ10年、15年くらいで、社会のあり方も家族のあり方も変わりましたね。

(続きは『中央公論』2023年2月号で)

構成:篠藤ゆり

中央公論 2023年2月号
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芳井敬一(大和ハウス工業社長/CEO)×原田ひ香(作家)
◆芳井敬一〔よしいけいいち〕
1958年大阪府生まれ。中央大学文学部卒業。81年神戸製鋼所グループの神鋼海運(現神鋼物流)入社。90年大和ハウス工業に入社。姫路支店長、金沢支店長、取締役海外事業部長、同常務執行役員東京本店長、同専務執行役員営業本部長などを経て2017年代表取締役社長に就任。高校、大学、社会人とラグビー部に所属したラガーマン。

◆原田ひ香〔はらだひか〕
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス二号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。近著に『財布は踊る』『一橋桐子(76)の犯罪日記』『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』など。『三千円の使いかた』を原作とする同名ドラマがフジテレビ系で放送中。
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