伊藤 聡 男らしさとスキンケアの相克――1990年代と現在の断層をめぐって

伊藤聡(ライター)

男らしさの垣根を越える

 これまで美容業界が男性ユーザーの説得に苦しみ続けた背景には、やはり垣根の問題、肌の手入れは男らしくないという拒否感がある。スキンケアを始めると、どうしても「自分が男性であること」と向き合わなくてはならないタイミングがくる。自分以外、客も販売員も女性しかいないデパートの化粧品売り場を一人で歩いていると、「男性がスキンケアをする意味とは何か」を否が応でも考えるしかなくなってくるのだ。

 利得型でも脅迫型でもない方法で、スキンケアの魅力についてどう説明していこうか。まず何より「男性が美容なんて」という第一のハードル、垣根をどうにか乗り越えてもらわなくてはならない。

 そのためには、私自身がこれまで経験した「男らしさ問題」を整理する必要があった。本を書く準備のため、私は頭に浮かんだテーマやアイデアを書き留めていったのだが、スキンケアのよさについて、男性読者が垣根を越えられるような言い方を考えなければと四苦八苦するうち、私のノートには「男性として経験した、過去の苦い記憶」に関するメモ書きが増えていったのである。

 スキンケアのような未知の体験は、自分の過去を振り返ってあれこれと考えるきっかけになった。これらの経験は、書籍にも大きく反映されている。「いままでの人生でガマンしていたことの多くは、実は無意味だったのではないか?」と感じることが多くなったのだ。内心では苦手だと思いながら「そういう世の中の決まりなのだ」と自分を納得させて従っていたことが、意外に多くあったと気づいたのも、スキンケアがきっかけだった。

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