福島原発とともにメルトダウンした菅政権

長谷川幸洋(東京新聞論説副主幹)


 土俵際まで追い込まれながら、菅直人政権がしぶとく生き残った。「辞める」と言ったように見えるが、実は肝心の退陣時期を明示しない玉虫色の「退陣表明」である。
 東日本大震災に東京電力・福島第一原発事故という戦後最大の危機にあって、菅政権は「政治」を投げ出す一方で「政権」にはしがみつこうという姿勢が鮮明になっている。最悪の展開である。本格的な二次補正予算にしても、口ではやるといいながら、中身はまったく見えてこない。東電賠償問題も行き詰まっている。
 まるで政権が炉心溶融(メルトダウン)したかのようだ。政治不在の先に、なにが待っているのか。

東電をめぐり閣内の空中分解が始まった

 政権のメルトダウンは五月十九日、西岡武夫参院議長が『読売新聞』への寄稿で菅首相に辞職勧告した一件が象徴している。憲法は衆院で不信任案が可決成立した場合、首相に衆院解散か内閣総辞職の選択肢を与えている。参院に首相を辞めさせる権限はない。にもかかわらず、参院議長が公然と首相に辞職を勧告するとは、まさに前代未聞の事態だった。

 西岡は参院で首相に対する問責決議が可決成立すれば、議長として「本会議の開会ベルを押さない」ことをにおわせながら、菅に辞職を迫った。憲法も想定していなかったガチンコ対決である。本稿執筆時点で対決の行方がどうなるか見通せないが、与党である民主党出身の議長が倒閣宣言した事実は重い。

 それだけではない。

 政権の内部崩壊は東電の賠償問題でもあらわになった。

 原発事故の収束が見えない中、三井住友銀行はじめ東電に融資していた銀行と東電に既得権益をもつ経済産業省、それに東電自身は早くから「このままでは経営破綻」と覚悟して、生き残りのために政府の支援を引き出そうと懸命に動いていた。その結果が五月十三日に発表された政府の賠償案である。

 政府が新たに設立する機構に交付国債を発行し、東電は資金が不足すれば、交付国債を現金化する。その後、長期で国に分割返済する仕組みだ。国は最終的に賠償負担を回避できる。株主は一〇〇%減資がなく、上場を維持するので株式が紙くずにならずにすむ。銀行も融資や社債の債権カットを免れた。

 カネはどこからも降ってこない。東電の純資産は三兆円しかないことを考えれば、一〇兆円以上とも言われる賠償金を賄うには一〇〇%減資してもまだ不足する。まして東電を存続させるなら、だれも腹を痛めずに生き残れるわけがない。海江田万里経産相は「国民負担を極小化する」と強調したが、ツケが結局、電気料金値上げの形で国民に回るのはあきらかだった。

 被災者にさえ料金値上げの負担を背負わせる案に、国民が納得しないのは当然である。批判を避けるために、枝野幸男官房長官は政府案の発表当日「(銀行に債権放棄を求めなければ)国民の理解は到底得られない」と述べた。その場しのぎにも聞こえたが、自分たちが決めた政府案の骨格部分をひっくり返すような発言だった。

 すると与謝野馨経済財政相が「公益性をもった事業に貸し手責任が発生することは理論上、ありえない」と枝野発言を批判した。政府案を決めた直後に閣内の意見対立が表面化し、支離滅裂状態に陥ってしまったのである。

 さらに霞が関からも批判が飛び出した。

 細野哲弘資源エネルギー庁長官は新聞、テレビ各社の論説委員らを集めた懇談会で、枝野発言について「これはオフレコですが」と断ったうえ、こう言った。「はっきり言って『いまさら官房長官がそんなことを言うなら、これまでの私たちの苦労はいったい、なんだったのか』という気分ですね」。細野は東電存続のために苦労して政府案をまとめたのに「いまさら銀行に債権放棄とはなにを言っているのか」と非難したのだ。

 細野の立場は明快である。事実上「国民にツケを回すべきだ」と言っている。とても支持できないが、正直な感想は問題の所在と構造を明確にしていた。

 この話を私がネットや新聞紙上で紹介すると、ひと騒動が起きたのだが、それについては後で触れる。ここでは、舞台裏で政策をつくる霞が関からも異例の政権批判が飛び出した点を指摘するにとどめよう。

 霞が関が政権中枢に不信感を抱いているのはあきらかだった。これは菅政権の行く末を暗示するかもしれない重要なポイントである。

 政策そのものも混乱していた。

 東電を存続させるかどうかは、エネルギー政策全体にかかわっている。賠償案は東電存続を前提に組み立てていたが、菅首相はその後、電力の地域独占を見直し発電部門と送電部門を切り分ける「発送電分離」を進めて、太陽光など再生可能エネルギーの利用促進を検討する考えを表明した。

 地域独占を廃止して発送電分離となれば、東電は必然的に解体の方向になる。存続と解体では政策の基本的ベクトルが真逆である。菅政権はいったい、どちらの方向で進めたいのか、はっきりしないどころか、あきらかに矛盾していた。

 ようするに、菅政権は重要政策をめぐって閣内が空中分解し、霞が関からも見放されつつあった。西岡参院議長が辞職勧告したのは、やむにやまれぬ思いがあったのだろう。

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