大阪維新の会を待ち構える落とし穴

橋下チルドレンは優秀か無能か
吉富有治(ジャーナリスト)

 厳しいのは大阪府である。橋下知事は過去一〇年以上、ずっと赤字続きだった大阪府の財政を黒字に転換したことを強調するが、その中身は実にお寒い限り。一般企業と違って行政の台所は借金でも歳入に組み入れることが合法的に可能なため、借金を増やせば収支を黒字に見せかけることもできる。しかし、それは見せかけの黒字にすぎない。借金がどれだけ財政の負担になっているかという「実質公債費比率」の推移を見ると、平成十九年度から二十一年度まで、大阪府は一六・六%から一七・二%へと増加。逆に大阪市は一一・八%から一〇・四%へと減っている。ちなみに、この数字が一八%以上になると、地方債の発行には国や都道府県の許可が必要となり、二五%を超えると財政破綻の一歩手前、早期健全化団体に転落する。大阪市に比べて大阪府の財政はイエローカードの危機的状況なのだ。大阪市は逆に、關淳一前市長の改革によって財政は緩やかに好転しているのである。

 さて、チルドレン議員の何人かに「大阪府と大阪市の財政はどちらが厳しいか」という質問をしたところ、例外なく全員が「大阪市」と答えていた。この点も勉強不足。せめて客観的な数値くらいは把握したほうがよい。

現職議員との溝

 とは言うものの、橋下チルドレンたちの政治的なモチベーションは総じて高い。なかには事実をよく確認もせず失言、放言を繰り返すおっちょこちょいもいるが、いまは政治や地方自治の知識に乏しくても、経験を積み重ねれば優秀な政治家に育つだろうと思われる人物は多く見受けられた。だが、そのことが大阪維新の会にとって将来の懸念材料になりかねないのではないか。結論を言うと、理想や政策などをめぐって、現職議員との間で溝ができることだ。

 チルドレンたちと異なり、現職議員の大半は自民党からの鞍替え組。理想や理念よりも、選挙の当選しか考えない現職も少なくないのだ。たとえば現職の大阪市議たち。今回の統一地方選では橋下旋風に乗じてトップ当選をはたした議員も多かったが、前回二〇〇七年の選挙では、最下位で当選した者が一一名中七名もいたのだ(二〇一〇年の補選当選者二名は除く)。また、統一地方選後は維新の会が凋落すると予想したのか、事前に古巣の自民党幹部と接触し、復党を打診していた議員の名前は何人も耳にしている。こうなると、理想や目的よりも議員の椅子を守りたい気持ちしかないと考えざるをえない。

 大阪都構想の理解にしても、あるベテラン議員などは「私たち政治家は枠組みを作ればいい。詳しい制度設計は役所に任せる」と言い放つ。大阪都の中身、問題点を理解しないまま設計を官僚に丸投げしたところで、出てきた青写真に欠陥があっても、これでは指摘のしようがないではないか。古参議員の一部には柔軟な考えを持つ者もいるが、総じてチルドレン議員のほうがまだ頭は柔らかいかもしれない。ある新人府議は次のように語る。

「都構想でどうしても修正不可能なものがあれば、それを捨てるかもしれない。ただ、一部ダメだから全部を捨てるわけではない。最大の目的は大阪の再生。そのためには、かりに大阪市を分割しなくても、また区長公選制ではなかったとしても、ベストの方法があるとすれば、それでいいかとも思う」

 政策や理想をめぐっての差異だけではなく、感情的な面での確執も潜在している。新人議員の一部には「本気で政策を実現する気があるのか、現職との(精神的な)ギャップを感じることがある」と不安を隠さない者がいた。あるいは「現職は仲間だと思っていたのに、選挙に協力してくれるどころか、露骨な妨害を受けたことがある」と感情的なしこりを持つ者すらいたのだ。

 自民党大阪市議の柳本顕さんもチルドレン議員たちの今後を次のように指摘する。

「博打のような選挙戦に立候補し勝ち抜いた方々であることには間違いないので、運が強く、またその運を導く財力や人のつながり、野心を兼ね備えた集団なんだろうと感じる。しかし、これまでチルドレンと呼ばれてきた人たちと同様に、抽象的な『改革』の名のもとに集まった個性派集団であることには変わりないので、核分裂を起こす要素は常に持ち合わせているだろう。小泉チルドレン・小沢ガールスと典型的に異なるのは崇拝する教祖と同じ肩書の存在ではない点。すなわち、橋下代表は知事であって、議員ではない。よって、彼らが活動するにあたって横目に見るお手本は先輩維新議員(多くは自民党からの移籍組)となる。そんな手本を見ながら彼らがどのような行動を起こすのか、注視していきたい」

 改革へのモチベーションも高く、政治家としての可能性を秘めた橋下チルドレンたち。彼らとベテラン議員の間には、乗り越えられない壁があるように思えて仕方がない。それは、いずれ理想と現実をめぐる対立として姿を現し、それまで溜まっていたチルドレンたちの不安や不満も相乗効果となって、この会派の行く末に暗雲をもたらすのではないか。私は今回の取材を通じて、そんな予感がしてならなかった。

(了)

〔『中央公論』2011年8月号より〕

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