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大阪維新の会を待ち構える落とし穴

橋下チルドレンは優秀か無能か
吉富有治(ジャーナリスト)

 チルドレンたちの選挙戦の稚拙さもマイナスに作用するだろうとマスコミや既成政党の多くが予想していた。先輩議員たちがチルドレンたちに選挙戦のノウハウを教えることなど、ほぼ皆無だったからだ。現職議員の後援会関係者のなかには「ここは定数三人の選挙区なのに、大阪維新の会からはウチの先生と新人の計二人が立候補している。新人が頑張りすぎると逆に先生が落選するかもしれず、正直、新人の選挙に協力する気はまったくなかった」と露骨に不快感を示す者すらいた。これではチルドレンへの選挙指導どころではなく、結局、新人候補者たちは見よう見まねで選挙運動をするしかなかったのだ。なかには、テープに吹き込んだ橋下知事の声を選挙カーから流すだけで、肉声で訴えるのはせいぜい自分の名前くらいという候補者も見受けられた。自党の理念や政策を具体的に説明できるチルドレンは、逆に珍しいくらいだった。

 しかし、投票日を迎えてみると、状況は一変。府議会議員選挙で投票率四六・四六%(大阪市議会は四九・二七%)という低さのなか、風は大阪維新の会に吹いた。結果、府議会は二八名、大阪市議会二〇名、堺市議会では五名、計五四名の新人議員が一挙に誕生したのである。

小泉ブームのときとはレベルが違う

 ただし、議員になった新人候補は、やはり当選するだけの努力は怠っていなかったといえる。

「参謀に選挙のプロはなく、まさに孤軍奮闘、五里霧中でした。一次公認が決まった昨年九月から今年三月前半まで、選挙区内の家庭を何千軒も練り歩き、政策を訴えて回りました。まったくの無名なので、ほとんど相手にしてもらえませんでしたが、地道に名前を売る効果はあったと思います」

 こう語るのは大阪市議に当選した吉村洋文さん(三十六歳)だ。吉村さんは大学卒業の翌年に司法試験に合格し、現在は一五名もの弁護士を抱える法律事務所の共同経営者。そのエリート弁護士がそれまでのプライドをかなぐり捨て、地道なドブ板選挙に臨んだ。「(ドブ板は)精神的にかなり抵抗があった」(吉村さん)というが、政治家になろうという強い意志はうかがえる。

 吉村さんも「大阪を活性化させたい」という理由が、政治家になる動機だったという。ただ、その思いは漠然としたものではなく、弁護士業務を通じて切実に実感させられたからであると訴える。

「私の法律事務所の主な業務は企業法務ですが、顧問先は大企業だけでなく中小零細企業も多いのです。小さな会社の経営者が骨身を削って頑張っている姿を間近に見てきましたし、破産で苦しむ企業も見てきました。一方、大阪市は公務員や政治家の放漫経営で借金まみれだというのに安穏としている。常々、民間と公務員組織の差に違和感を感じていたのです」(吉村さん)

 大阪府議に当選した永藤英機さん(三十四歳)も知名度を上げる苦労を以下のように語ってくれた。

「無名の新人に支持者はなく、告示日前から朝昼晩、街頭で維新の会の政策を一〇〇回以上は訴えてきました。反応は徐々に表れ、立ち止まって聞いてくれたり、パンフレットを受け取ってくれる通行人も増えてきました」

 この永藤さんも「日本を変えたい。そのためには、まずは大阪の変革から」という強い思いがあり、その手段として政治家になることが第一歩だと考えたという。

「橋下知事が誕生したときに、私が政治家になるにはどうしたらいいかと考えました。そこで某政党の政治スクールに入学し、ここで一年間、政治のイロハを学びました。その後、四七都道府県を全部見て回ろうと、バイクに乗って全国を駆けめぐったのです。日本の風土や人、すべてを見て回ることで、それぞれの土地には特産や文化があることを再確認。ただ、地域のポテンシャルを活かしていないだけで、何らかのスイッチを入れたら活性化するんじゃないかと感じたのです。大阪の変革も同じだと思いました」(永藤さん)

 二十歳で選挙権を得たときから、政治家を目指していた女性チルドレンもいる。大阪市議の村上満由さん(二十六歳)は、二十歳で政治の世界に飛び込み、そのときから今年の統一地方選への出馬を決めていたという。

「政治には興味がありましたが、新聞を読んでも内容が分かりませんでした。当時は兵庫県西宮市に住んでいたので西宮市役所内の議員控え室に出向き、まったく面識のない某市議にいきなり、『鞄持ちをやらせてほしい』と頼み込みました。それから三ヵ月、議員について回ることで政治への興味も深まり、また新たな疑問を持つこともできました」

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