橋下「維新政治塾」に群がる人々

祝迫博(読売新聞大阪本社社会部記者)

「育てる」より「競わせる」

 選挙に出たい人、手を挙げて。早ければ数ヵ月のうち、遅くとも一年後にある衆院選です。どの地域から立候補してもらうかは、まだわかりません。一応希望は聞きますが。見も知らぬ土地から出てもらう可能性もありますね。選挙費用はすべて自己負担。お金の面倒は一切見ませんよ。相場? 最低でも一〇〇〇万円くらいでしょうか。この条件でよければ、向こう七ヵ月分の受講料七万円を支払うように──。

 いま、日本で、こんな呼びかけをして全国から人を集められる政党や政治家がどれだけいるだろうか。橋下徹大阪市長(四十三歳)は、それができる数少ない人物のようだ。代表を務める地域政党・大阪維新の会(以下、維新)が六月に開いた「維新政治塾」(以下、維新塾)には四四都道府県とイギリス、韓国、中国、フィリピンから計八八八人が集まった。

 衆院選に立候補できるよう、全員が二十五歳以上の日本人だ。会社員、公務員、地方議員、経営者、医師、弁護士、大学関係者、専業主婦、無職など経歴は多種多様。元グラビアアイドル、俳優の卵、僧侶、M1グランプリ準決勝進出者といった変わり種もいる。

 なぜ、彼ら彼女たちは維新塾に来たのか。答えを求めて、六月二十三日の入塾式へと向かった。

 午後一時。会場の大阪市中央公会堂は国の重要文化財に指定されるネオ・ルネサンス様式の近代建築だ。シャンデリアの白光に包まれたホール内は、真剣な表情の塾生で埋まっていた。スーツ姿が多く、一見、企業の入社式のようだが、年齢層が幅広く、居眠り組がおらず、少なからぬ割合が登壇者の発言を必死にメモしている。

 ステージの維新幹部たちが順々にあいさつを済ませ、ひときわ大きな拍手の中で、塾長の橋下氏が演台前に立った。氏のあいさつは実に一時間を超えたが、冒頭三分の次の発言に維新塾の経緯と特性が、集約されていた。

「維新の府議、市議が厳正に審査した結果、みなさんは選ばれた。元々、三〇〇〇名を超える応募から二〇〇〇名に絞り込み、今日のメンバーになった。国のカタチを変えるための戦士になって頂けるかどうかで選ばれた。本当の戦士になって頂くための絞り込みが今日から始まります。残る人は日本国家のために本当の戦いに勝ってくれる人。勝つ。その一点だけで、これから絞り込んでいきたい」

 維新幹部によると、塾の構想は昨年末、橋下氏や維新幹事長の松井一郎大阪府知事らの話し合いの中で生まれた。

 昨年十一月の大阪府知事、大阪市長のダブル選勝利の勢いに乗り、一気に維新の国政進出を考えた橋下氏が、次期衆院選で擁立する候補者の公募を提案。松井氏が「いきなり候補者の公募ではあからさま」と意見し、政治塾の開催で落ち着いたという。二人の選挙公約の大阪都構想に必要な国の法整備を実現させるため、国会議員に圧力をかける狙いもあったようだ。

 そして今年初頭、「次期衆院選で三〇〇人の擁立と二〇〇議席の獲得」との方針に沿って維新塾生を定員四〇〇人で公募したところ、三三二六人の応募が殺到。定員を拡大し、書類審査で通した二〇四五人を、まず受講生として迎え、三〜五月末の計五回の講義を通じて受講態度や論文内容、選挙資金力などに基づいて維新議員が評価し、八八八人を正式な塾生として選抜した。

 今後は国政の動向をにらみつつ、十二月まで月一回のペースで講義を開き、さらにふるいにかけ、衆院選の三〇〇人擁立に足る公認候補予備軍とする。

 各回の講義では、維新が衆院選公約の原案として発表した「維新八策」をテキストに使う。首相公選制や道州制など国の根幹システムを変革することの必要性を学び、政策的理念を共有するためだ。講師陣も有名人ぞろいで、入塾式では東京都の石原慎太郎知事、七月七日には慶應義塾大学の竹中平蔵教授らが講演した。九月以降は、街頭演説など実地訓練も積むという。

 つまり、維新塾は次期衆院選という、近い将来に必然の政治イベントに備えて産み落とされた産物であり、目的も選挙で勝てる人材の発掘に特化している。「育てる」より「競わせる」。ここで勝ち抜いた人材が、国を変えるために必要な「戦士」というわけだ。

 天下国家を語る橋下氏には失礼な譬えかもしれないが、維新塾は大学合格に向けて受験生を鼓舞し、必勝のノウハウを授ける大手予備校と似ている。目標は現実的で射程は短く、集う者たちの士気は総じて高い。

 その特異性は、他の政治塾と比較すれば、より鮮明になる。パナソニックの創業者、松下幸之助氏が一九八〇年に私財を投じて開塾した「松下政経塾」は全寮制で、四年間、塾から月二〇万円の研修費を受けながら、国家展望や社会情勢を学び、各界の指導者になるべく研鑽を積む。少数精鋭主義で、創設三二年間の卒塾生は約二五〇人。国会議員や地方の首長・議員になったのは約三割で、会社経営など政界以外の分野で活躍するケースも多い。

 嘉田由紀子滋賀県知事が四月に開いた「未来政治塾」は、地方選挙の人材養成を想定しつつも、政治への関心の喚起が主目的で、最年少は十三歳から受け入れた。日本国籍を有していることが条件だ。河村たかし名古屋市長が四月に開いた「河村たかし政治塾」はさらに間口が広く、年齢制限も論文審査もなく、国籍も問わない。一回八〇〇円の受講料で、その都度、入塾手続きをとれば、途中参加も可能だ。

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