これが組閣の鉄則だ

岡崎久彦(評論家・NPO法人岡崎研究所代表)×後藤謙次(ジャーナリスト)

人事を「数値化」した田中角栄の罪

後藤 あの二〇〇九年総選挙からわずか三年、民主党政権は空中分解に近い状況になっています。

岡崎 そうなった一つの原因は、例の政治主導ですよ。日本は明治の建国から、もっと言えば教養ある侍が統治していた幕藩の時代から、官僚中心国家なのです。何も日本だけではありません。英、独、仏みんなそう。政治主導を実現しているのは米国だけです。ただし米国の場合は、それぞれの議員が強力な立法スタッフを抱えている。また、政治任用職が三〇〇〇人もいる。一〇〇人いるかいないかのわが国とは体制自体がまったく違います。そんな状況で形だけ政治主導をやろうとしても、無理に決まっている。

後藤 かつては、例えば岡崎さんのご先祖である陸奥宗光が小村寿太郎を発掘したように、有能な官僚を政治家にスカウトし、その人間に国家を担わせることがけっこうありましたよね。

岡崎 佐藤栄作あたりまではそうでした。官僚組織の中にいれば、有能な人間は分かります。自然に次官になる。そういう人材を早いうちから政治の世界に引っ張って、すぐに立候補させ、当選したらすぐに大臣ポストを与えるのです。これが将来の総理候補。

後藤 政治家が官僚をいたずらに敵視するようなことはせず、むしろ育てて使おうとした。

岡崎 それがまったくなくなってしまったんですね。私は田中角栄の罪は大きいと思っています。もう一つの田中の罪は大臣を能力ではなく当選回数で決めるという、年功序列制度を導入したことです。

後藤 大臣人事の「数値化」ですね。

岡崎 それにより、人間の能力を見極める必要がゼロになりました。当選回数で機械的にポストが割り振られるのだから、大胆に若手を起用するような抜擢人事も影をひそめた。これほど日本の政治を堕落させた行いも少ないのではないでしょうか。

後藤 ちなみに角栄は、総理も数値化したんですよね。幹事長のほか党三役のもう一つの役職に就いた上に、外務、大蔵、通産のうち二つの閣僚経験。これを総理の条件にした。当時条件を満たしたのは、田中角栄のほか三木武夫、大平正芳、福田赳夫だけだった。

岡崎 昔は「あいつは大臣の器だ」というような人物月旦が当然のように行われていた。逆に言えば、いわゆる"陣笠議員"には、もともと大臣になろうなどという気持ちはなかった。

後藤 ところがいつのまにか「当選六回が大臣適齢期」という不文律が定着し、それに達した人はみんなソワソワし始める。(笑)

岡崎 当選回数で閣僚ポストを決めるなどという国は、日本以外にありません。人物を鑑識するのは政治の要諦のはずなのに、そこがすっぽり抜け落ちている現実のおかしさ、危険性に、もっと多くの人に気づいてもらいたい。

官房長官人事が握る政権の命運

後藤 いろいろな内閣を見てきて思うのは、官房長官の重要性です。このポストを誰にするかによって、その政権がどれだけ仕事できるのか、生き長らえられるのかが大きく左右されると言っても過言ではありません。戦前の内閣書記官長も含め、戦後総理になった官房長官経験者は一〇人を数えます。総理まで上り詰めなくても、例えば中曽根内閣を支えた後藤田正晴とか、梶山静六、野中広務といった傑出した人物が官房長官に座った政権は、やはり事を成し遂げている。

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