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これが組閣の鉄則だ

岡崎久彦(評論家・NPO法人岡崎研究所代表)×後藤謙次(ジャーナリスト)

岡崎 後藤田氏本人には留保はありますが、中曽根内閣は、後藤田がいなかったら国鉄分割民営化をできなかったでしょう。

後藤 「カミソリ後藤田」と異名をとるほどの才覚の持ち主で、霞が関を抑え、田中軍団を抑えるパワーも持ち合わせていた。中曽根康弘は、よくリーダーの条件として目測力、統合力、説得力が大事だと言っていました。この課題はどんな陣形でどのくらいでかたがつくかという目測力、瀬島龍三のような民間人も含めて側近に登用し、まとめる統合力、そして反対者を黙らせる説得力。そういうリーダーシップの象徴が後藤田官房長官ではなかったかと思うのです。

岡崎 ただ、内政に関しては後藤田起用が功を奏したと思うのだけれど、「外交安全保障」についてはどうか。彼は中曽根の靖国参拝を阻止した張本人。中曽根がやろうとした「戦後政治の総決算」の足を引っ張った側面も、多分にあると思うのです。

後藤 後藤田は憲法改正反対論者でしたからね。

岡崎 そう、その点は中曽根にとってマイナスだった。まあ、民間人も含めていろんな人間を使い分けて成果をあげたという点では、中曽根はうまくやったと思いますよ。

後藤 人を育てるのも巧みでした。安倍晋太郎、竹下登、宮沢喜一の三人に、将来の総理候補であることを自覚させ、競わせた。そのことは自らの安全保障、将来にわたっての影響力を担保するものでもありました。最後には、「どうぞ中曽根さんが決めてください」と、三人とも後継の指名権を差し出したわけですから、「作戦」はまんまと的中しました。
 人材育成という点では、さきほどもお話に出た佐藤栄作も、特筆すべき総理大臣でした。

岡崎 私が外務官僚として政治家と深いつながりを持ったのは、佐藤栄作が初めてでした。佐藤─椎名悦三郎外相のコンビは息が合っていた。ところが佐藤と三木外相は喧嘩した。「こういう外務大臣を任命したのは不明の至りだ」と、総理が言うのだから。(笑)

後藤 そうですか(笑)。でも佐藤は在任期間が七年八ヵ月と長かったこともあって、いろんな人をつくりました。角栄と福田を競争させながら、三木、大平、最後は竹下まで官房長官で使ったんですね。将来を見据えて政治家を育てました。

岡崎 ただ中曽根と違って、意中の人物に自分の後を継がせることはできませんでした。佐藤は福田に持っていきたかったのだけれど、総理の座は田中にさらわれてしまった。党内での求心力の低下とか原因はいろいろあるでしょうが、私にはこんな経験があるんですよ。
 一九六九年暮れの総選挙で自民党が三〇〇議席を取って圧勝し、第三次佐藤内閣ができます。若気の至りもあって、私は「岸さんのし残したことを、ここですべきだ」と「進言」したのです。すると側近が「ここまで日本にとって画期的なことを成し遂げた総理はいない。これからは晩節をまっとうすればいいんだ」と言うわけです。私も若かったので、「そういうことか」とまるめこまれてしまいました。長期政権ゆえの?守り?みたいな空気が蔓延していたのかもしれません。

"実績"はあげたが、人は育てなかった小泉

後藤 強力な指導者の命を受けて四方八方に睨みを利かせたのが後藤田なら、野中はやや腕力不足が懸念された総理を支え、予想を超える成果を演出した?爺やさん?でした。

岡崎 小渕内閣は内政、外交ともに実績を残しましたね。保守回帰を図り、周辺事態法などの重要法案もいくつも成立させました。

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