国家の危機を好機に変えたデジタル先進国

DX後進国・日本に「電子政府」は実現するのか(第1回)
中野哲也(リコー経済社会研究所研究主幹、日本危機管理学会理事長)

192e0ffc222ce26b4065ded29f9530dbcdcbd0ef.jpgエストニアの首都タリン旧市街のラエコヤ広場(写真提供:写真AC)

原動力は「民族の思い」

1995年の米マイクロソフトによる「Windows95」の発売以降、インターネットが爆発的に普及し、IT革命が勃発した。

電子政府の分野では、巨費を投じてデータベース同士をつなぐ「統合データベース」を開発・運営する時代が到来した。ところが、エストニアには財政的な余裕がない。そこで再び「逆転の発想」で危機に立ち向かう。

簡単に言うと、エストニアはデータベース同士を「統合しない」という選択をしたのだ。幾つもの既存データベースを「駅舎」になぞらえ、それぞれを「線路」でつなぐという発想である。それにより独自開発に成功したのが基幹技術「X-Road」であり、2001年に運用を開始した。

逆に日本では、各省庁・自治体が「豪華な駅舎」をバラバラに構築してきたため、開発・運営コストが膨らんでしまう傾向にある。

エストニアは政府機関だけでなく、銀行や携帯電話会社など民間企業のデータベースとも接続し、市民がID(国民識別番号)1つで官民のさまざまなサービスを享受できるようにした。現在、結婚・離婚や不動産売買などを除き、99%の行政サービスをオンライン化済みだという。

一方、企業側も顧客の本人確認にかかるコストを節約できるため、官民連携が一気に加速した。また、エストニア政府はX-Roadをオープンソースソフトウエアとして公開しており、対岸のフィンランドや中央アジアのアゼルバイジャンなども導入する。

再独立を果たした後も、ロシアと国境を接するというエストニアの地政学リスクには変わりない。2007年には「近隣の国」からサイバー攻撃を受け、政府システムが停止する国家の危機に直面した。

それを受け、米国が主導する北大西洋条約機構(NATO)軍のサイバーセキュリティ研究所を誘致するなど、サイバー防衛体制を一段と強化した。また、データを万一改竄(かいざん)されたとしても、それを認識できるようにブロックチェーン技術を世界で初めて実用化した。

仮に政府機関が破壊されたとしても、データさえ保存できていれば国家として存続可能―。エストニア政府はこう考え、データのバックアップを外国で保存しているという。二度と「占領」されたくないという民族の思いこそが、電子政府の原動力なのである。

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