尾身 茂 我々専門家は、言うべきことは言う「オネストブローカー」

尾身 茂(新型コロナウイルス感染症対策分科会会長) 聞き手:牧原 出(東京大学先端科学技術研究センター教授)

国会に呼ばれることがなくなった理由

牧原 でも、私たちから見ると、尾身先生が発言される機会が最近、少ないように感じますが......。

尾身 コロナの感染状況が、安倍政権や菅政権の時と異なることが背景にあると思います。当時は事態がかなり流動的で、国民の危機意識も強かった。そのようななか、国の景気対策「GoToキャンペーン」やオリンピック開催などがあり、我々専門家としては発言せざるを得ない状況にありました。ところが岸田政権になってからは緊急事態宣言を出すような状況ではなくなりました。

 我々には政権を批判しようとか、逆に媚びようとか、そういう意図は全くなく、その都度言うべきことを言ってきました。ただ、状況によっては政府と専門家の意見が異なる場合もあり、その違いにマスコミをはじめ多くの方が関心を持たれたのかもしれませんね。

 特に菅政権の時、国民の皆さんは、「GoToキャンペーン」やオリンピック開催をめぐって、政府と専門家が対立しているというイメージを持たれたのではないでしょうか。しかし実際には、メリハリをつけた対策の必要性など、意見が一致することのほうが多かったと思っています。

 もう一つ、私の発言が少なくなっている最も大きな要因として、国会に呼ばれなくなったことがあると思います。私は今年3月末、独立行政法人「地域医療機能推進機構」の理事長を辞めました。このタイミングで後進にバトンタッチするということは前から決めていました。独立行政法人の理事長職は、閣議決定を必要とする公的な役職なので、国会も呼びやすかったと思います。私も呼ばれて断ったことはありません。しかし4月に公益財団法人「結核予防会」といういわば民間の組織に移ったために、国会から呼ばれにくくなったのだと思います。

 我々専門家は、政府と連携はしても、専門家として政府に言うべきことは言う、いわば「オネストブローカー(公正な仲介人)」です。以前は、政府と意見が異なり、専門家としてここははっきり言わないと我々の責任が果たせないという場面が例外的にいくつかあり、その時は意見を申し上げました。しかし今は、政府に我々の思いをほとんど受け止めていただいている感じがあるから、私が表に出ることも少なくなったのではないでしょうか。

(後略)

構成:坂上 博 読売新聞調査研究本部主任研究員

中央公論 2022年7月号
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尾身 茂(新型コロナウイルス感染症対策分科会会長) 聞き手:牧原 出(東京大学先端科学技術研究センター教授)
◆尾身 茂〔おみしげる〕
1949年東京都生まれ。78年自治医科大学卒業。博士(医学)。地域医療に従事した後、世界保健機関(WHO)へ。99年WHO西太平洋地域、地域事務局長に就任。地域医療機能推進機構(JCHO)理事長を経て、2022年より結核予防会代表理事。現在、新型コロナウイルス感染症対策分科会会長を務める。

【聞き手】
◆牧原 出〔まきはらいづる〕
1967年愛知県生まれ。東京大学法学部卒業。博士(学術)。専門は行政学。『内閣政治と「大蔵省支配」』(サントリー学芸賞)、『崩れる政治を立て直す』など著書多数。
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