菅 義偉×北村 滋×橋本五郎 回顧録に見る安倍晋三のビジョン

菅 義偉(前首相)×北村 滋(前国家安全保障局長)×橋本五郎(読売新聞特別編集委員)

1次政権の挫折をバネに

橋本 なぜ安倍内閣は長期政権たり得たかと言えば、やっぱり人事の妙でしょう。菅義偉さん、麻生太郎さん、二階俊博さんと、柱がしっかりしていて揺るがなかった。政策も、2012年発足の第2次政権になって切り替えた。世論を二分するようなことを断固としてやり、それが逆に後で評価された。

 安倍さん本人は回顧録で、1次政権の失敗、挫折が長期政権の一番の理由だとおっしゃっている。


 それは間違いない。1次政権の時はやりすぎるほどやったんです。これでもか、これでもかと。その経験が2次政権に生かされた。


橋本 1次政権でやった、例えば防衛庁の省への昇格にしても、国民投票法にしても、あれをやっていなければ、2次政権で特定秘密保護法や平和安全法制を実現することはできなかったのではないか。

 私は1次政権をもっと評価すべきだと思っているんですよ。生産性のある挫折だった。身近にいてどう思われますか?


 安倍総理自身が長期的な工程表みたいなものを持っていましたね。これとこれはいつやって、そうしたら少し緩めの、対立しないようなものをやって、次はこれでいこうと。例えば、特定秘密保護法とか平和安全法制をやれば、内閣支持率は10ポイントぐらい下がる。そこをコントロールしながらやっていましたね。


北村 よく覚えています。「北村、お前、参院選挙までは絶対我慢するんだぞ。終わったら何やってもいいから」って総理の意向を受けた当時の官房長官から言われて。


 ただ、特定秘密という名前は、評判が悪かった。(笑)


橋本 ネーミングは大事。


北村 総理は口に出してはおっしゃいませんでしたが、周りからは「お前のせいで支持率が10ポイント落ちた」と随分言われました。(笑)


橋本 印象的だったのは、2020年の新型コロナウイルス感染拡大を受けた全国一律の10万円給付です。「これはポピュリズムでしょう」と聞いたら、安倍さんは「パニックを回避し、強制力のない政府の要請に付いてきてもらうためには、民の歓心を買わなきゃいけない」、こう言ったんです。あえてポピュリズムをやったとね。そういう具合に硬軟、強弱をつけながらやったということですね。


 つけながらやっていました。間違いなく。


橋本 工程表は何年分作ったんですか。9年ですか、6年ですか?


 例えば2年ぐらいの工程表を作って、それが終わるとまた2年ぐらい作ってと。そういう感じでしたね。


北村 総理は、「菅さんと相談して、2次政権の最初から長期政権にしようと思っていた」とおっしゃっていました。そのつもりだったって。


 1次政権は1年じゃないですか。2次政権はせいぜい2年ぐらい、という思いでしたね。最初は何年もできるとは思っていなかった。


北村 最初はそうですね。やっぱり前政権の1年よりは長くしないと、と。


 悔しいから。1次政権の倍ぐらいはやるぞ、と。


橋本 工程表を作っても、その通りにはいかない。一日一日を一生懸命やって、結果的に長期になったということじゃないか。


 確かに工程表通りではなく、例えば、途中で米国の大統領も代わりました。そういう変化にも、うまく対応できました。


橋本 7年9ヵ月、官房長官を務めて、何が大変でしたか?


 楽しく仕事させてもらいましたね。内政はかなり任せてもらった。総理には全部話して了解を取りながらやりました。新型コロナウイルス以外は、みんなうまくいったんじゃないですかね。


北村 そう思います。コロナはなかなか不可抗力の部分もありましたから。


 政策も分かりやすかった。例えばアベノミクス。総理に就任する前に、安倍さんが講演で「3本の矢を始める」と発表しただけで、株価がばーっと上がった。それと、さっき言ったように、飽きられないようにメニューを変えていました。衆院解散のタイミングも良かったんじゃないですか。


橋本 そうなんですよ。解散のタイミングは、みんなが思っていることの逆を行った。いつも党内世論やマスコミの見方と違った。


 要は、支持率の数字よりも、上向きか下向きかの動きを見ていた気がしましたね。40%台でも上向きだったら、という感じで。そういう見方でした。


(続きは『中央公論』2023年3月号で)


構成:芳村健次(読売新聞論説委員)

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菅 義偉(前首相)×北村 滋(前国家安全保障局長)×橋本五郎(読売新聞特別編集委員)
◆菅 義偉〔すがよしひで〕
1948年秋田県生まれ。法政大学法学部卒業。衆議院議員秘書を経て、横浜市議2期。96年衆議院議員初当選。総務相、自民党幹事長代行などを歴任。2012年に第2次安倍政権で官房長官に就任し、在職期間は歴代最長。20年9月から21年10月まで第99代首相を務めた。

◆北村 滋〔きたむらしげる〕
1956年東京都出身。東京大学法学部卒業。80年警察庁に入庁。2006年第1次安倍政権で内閣総理大臣秘書官。第2次政権で内閣情報官を経て19年に国家安全保障局長。現在、北村エコノミックセキュリティ代表。著書に『情報と国家』『経済安全保障』など。

◆橋本五郎〔はしもとごろう〕
1946年秋田県生まれ。70年慶應義塾大学法学部を卒業後、読売新聞社に入社。政治部長、編集局次長を歴任。2014年度日本記者クラブ賞を受賞。日本テレビ「スッキリ」などに出演。読売新聞書評委員も務める。著書に『範は歴史にあり』『総理の器量』など。
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