北岡伸一×水鳥真美 日本は安保理改革の旗手になれ――危機に立つ国連と多国間主義
(『中央公論』2023年9月号より抜粋)
ウクライナ戦争への対応の評価
──北岡先生は2004年から06年まで国連次席大使としてニューヨークに駐在されました。水鳥さんは18年から国連事務総長特別代表(防災担当)としてジュネーブを拠点に活動しておられます。国連に深く関わってきたお二人は、ウクライナ戦争勃発後の国連の対応をどう評価していますか。
北岡 国連は非常に大きな試練に直面していると思います。今回のロシアによるウクライナ侵攻は、第二次大戦後に国連が創設されて以来、最大の国際法違反です。武力による現状変更を認めないことは国連の結集の核であり、人類が到達したマイルストーンだったはずなのに、国際の平和と安全の維持に特別の責任を負うべき安全保障理事会(以下、安保理)常任理事国であるロシアが、真っ向から踏みにじった。ただ、これをもって「国連は無力だ」という批判もありましたが、国連には独自の軍事力も財政力もなく、大国の横暴に対してもともと無力なものです。
一方で、国連には国際世論をつくる機能がある。その力が改めて問われています。ロシアが核兵器使用を思いとどまっているのも、国際社会の反応を気にしてのことでしょう。
水鳥 世界は三つの重大な危機のなかにあると思っています。一つは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックからまだ回復途上であるということ。次に、ウクライナ戦争によって世界的なエネルギー・食料価格の高騰が起こっていること。最後に、気候変動によって災害が激甚化していること。こうした国境をまたぐ重層的な問題があるなかで、国連の役割がますます重要になっていますが、十分に機能しているとは言えません。特に国連の加盟国のなかでももっとも重要な国の一つであるロシアが、国連憲章に違反していることは非常に遺憾です。
確かに安保理は機能していないかもしれないですが、総会では侵攻開始からまもない昨年3月2日に、ロシアを非難して軍事行動の即時停止を求める決議が賛成141票で採択されています。決議に拘束力はないですが、平和のために結集する力をある程度示すことができました。
歴史を振り返れば、第二次大戦の前に、日本は国際連盟の常任理事国であったにもかかわらず脱退してしまいました。ドイツも脱退しました。一方で、ウクライナ戦争を受けてロシアは人権理事会の資格を停止されていますが、国連にはとどまっています。これは国連が戦後75年以上かけて、主権国家にとって外れたくはない国際組織に育ったことを示しているのではないでしょうか。
北岡 国際連盟と異なり、国連には脱退条項はありません。脱退条項があれば、問題のある国を追い出すこともできるかもしれませんが、逆に大国が「脱退するぞ」と脅しをかけて自分の意見を呑ませるということも想定され、もろ刃の剣です。初めから脱退条項がなければ、決定的に壊れはしない。
第二次大戦前の大恐慌のときは、国際連盟の機能不全に加え、世界銀行やIMF(国際通貨基金)のような機関もなく、各国がばらばらに対応し、アメリカが一方的に関税を上げて日本の対米輸出に大打撃を与え、戦争へと至ってしまいました。当時に比べれば、国際法は一定程度機能しており、極度に悲観することはないと思います。
水鳥 国連が加盟国間の調整をする力は重要です。現在ウクライナ国内では1200万人が人道支援を必要としていて、国外に400万人の難民が発生しています。主要な国連の人道支援機関であるWFP(国連食糧計画)やUNICEF(国連児童基金)、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は加盟国からの支援を得て、日夜活動しています。
北岡 無力と言われた国際連盟でも、国際保健などの機能別協力は機能していました。これは私の教え子の詫摩佳代さんの『人類と病』(中公新書)に詳しいです。今でも機能別協力が国連への信頼をつなぎ留めていると思います。ただ、当時に比べればましとはいえ、危機であることは間違いないです。