テイラー・スウィフトは救世主なのか

辰巳JUNK(ライター)

政治的沈黙からの一大転換

 ポップ路線自体は大成功したものの、テイラーは政治的に浮く存在となっていった。2016年大統領選挙中、ほとんどの女性ポップスターがフェミニストとして民主党候補のクリントンを支持し、共和党候補のトランプを性差別主義者として糾弾した。

 また、トランプは人種差別的言動も問題視されていたため、黒人男性が多いヒップホップ業界も攻撃を強めた。人気ラッパーのYGは、トランプの顔にバツ印をつけたジャケットでプロテストソング「FDT(ファック・ドナルド・トランプ)」をリリース。この勢いはトランプ政権下でも続いた。白人スターのエミネムは「自分のファンだろうとトランプ支持者なら一線をひく」とラップ。つまり、政治的姿勢を理由に客層を切り捨てた。ベテランのスヌープ・ドッグにいたっては、客演曲「Lavender(Nightfall Remix)」のミュージックビデオでトランプを模したピエロをおもちゃの銃で撃ち、大統領を怒らせた。

 反トランプ熱が高まるなか、テイラーは沈黙していた。「選挙に行こう」と呼びかけてはいたものの、支持政党を明らかにしていなかったのだ。大きな理由は、やはりカントリーという出自。チックス騒動以降、同業界には「政治的に物議を醸すようなことを言おうものなら干される」という警戒感が定着していた。たとえば、1946年生まれの大御所ドリー・パートンですら、トランプ政権下に「ディクシー・チックスのようにキャリアが台無しになる可能性がある」として政治的発信を避ける方針を明かしている。テイラーにしても、リスクを十二分に承知していたわけだ。カントリー出身で保守派のファンも多いから、トランプや共和党を批判したらビジネス的にもファンとの関係においても打撃となる。

 しかし、テイラーを取り巻く状況には限界がきていた。ファンを含む民主党支持派からは沈黙を続けることへの反感が集まる一方で、彼女を「アーリア人の女神」と崇める白人至上主義者たちまで出てきてしまっていたのだ。政治的沈黙はカントリー界ならそこまで問題にならなかっただろうが、リベラルであることがデフォルトのポップ界では「何も言っていない」だけでトランプ支持者、それどころかネオナチだと疑われてしまう。

 2017年には、あまり有名でない左派ブロガーが「テイラーは白人至上主義のアイコン」「そう思われたくないなら自分の政治的意見を表明すべき」と主張する記事を発表。これにテイラー陣営が削除と撤回を要求した結果、表現の自由を侵害する圧力的行為とみなされアメリカ自由人権協会(ACLU)との法的争いに突入した。

 このほかにも、メディアへの過剰露出や他のスターとの喧嘩などによって、世間のテイラーバッシングが過熱していった結果、彼女は表舞台から去り、イギリスに移住するはめとなっていた。しかし、そこからスーパースターとしての機転を見せ、凋落の一因となった政治的沈黙を破ることをビッグイベントへと転換させた。

 18年の中間選挙シーズン、SNSで、サプライズとして民主党支持を明かしたのだ。地元テネシー州から出馬した共和党上院議員候補マーシャ・ブラックバーンを批判し、女性およびセクシュアルマイノリティ差別に対抗するためとして、民主党候補である上院のフィル・ブレデセン、下院のジム・クーパーへ投票する意向を明かした。

 もちろんリベラル勢は大歓迎した。とくに喝采されたのは、若者に有権者登録を呼びかけたことである。州によって異なるが、アメリカでは選挙に参加するために事前の有権者登録が必要となる。投票率が低い若年層にはリベラルが多いから、テイラーが登録をうながせば、民主党への後押しとなる。

 実際、オンラインサービス「Vote.org」における新規登録数は、テイラーの投稿から2日半で16万6000人。うち42%が18歳から24歳とされた。若年層にかぎれば、同期間において史上最高の記録だ。これこそ、選挙を変えうると喧伝された「テイラー効果」である。

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