日産買収を目指したホンハイの狙い、ホンダの勝算

鈴木 均(地経学研究所主任研究員)

台湾の国策としてのEV推進

 ホンハイはスマホの受託生産に頼った経営から脱し、脱アップル、経営の多角化を目指してきた。その目玉とされるのがEVの開発である。当のアップルも、自動運転EV「アップルカー」の開発を2014年以来続け、その生産を韓国の現代(ヒョンデ)自動車や日産などが請け負う可能性について一時は報道が出たが、24年2月に開発中止が報じられた。

 かねて、ガソリン車のように設計にも生産にも複雑で詳細なノウハウが必要なエンジンが不要になり、バッテリーとモーターだけで走るEVが主流になれば、車の家電化、スマホ化が進み、他業種からの参入の障壁が下がると言われてきた。しかし、世界的IT企業であるアップルの挫折により、自動車産業への参入は、エンジンの開発と生産が不要となってもなお、壁が高いことがわかった。自動車は人命を預かる以上、非常に高い水準の安全性と品質が求められる。さらに法務対応や訴訟リスク、多国間にまたがるサプライチェーンの構築と政治リスク、カントリーリスク、紛争リスクなど、様々な事態に対処できるノウハウの蓄積も必要になる。グーグルを有するアルファベット傘下のウェイモによる自動運転タクシーの社会実装が米国各地で進むが、運転席が無人でも走る自動運転車の開発となると、ハードルはさらに高い。ホンハイといえども、参入は容易ではない。

 そもそも、台湾における自動車産業政策は、3回の挑戦を経て、2度の挫折を味わってきた。現地事情に詳しいワイズコンサルティングによれば、第1期は1985年に経済部工業局が発表した「自動車工業発展プラン」であり、トヨタをはじめ日系メーカーが次々に研究開発拠点を開設し、台湾国内向けの生産が行われた。工場を誘致できた反面、自国ブランドは育たなかった。

 第2期は2005年以降、経済部による「自動車完成車・独自技術育成プロジェクト」の下、台湾独自ブランドの発展を目指した。現在ホンハイと共にEVを開発する裕隆(ユーロン)集団などが中心となったが、東風汽車集団との中国での合弁は伸びず、中国でも台湾でもシェアが低迷し、20年に中国市場から撤退した。こうした中、経済部工業局が10年4月に発表したのが、3億米ドル(約234億円:当時)の予算を含む「台湾EV政策」であり、EV開発の本命はホンハイと受け止められた。

 なお、第3期は22年3月に公式発表された、50年までの温室効果ガス実質排出ゼロ(ネットゼロ)目標であり、経済部はその一環として40年までに新規販売車を全面電動化する目標を掲げている。EVは国策であり、ホンハイは台湾経済において半導体生産のグローバル最大手TSMCと双璧をなす。

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