杉山 慎 南極の氷が融けると世界はどうなるのか?【上】

――気候変動による氷床融解のリスク
杉山 慎(北海道大学教授)

氷床融解のインパクト

 その巨大さゆえに、南極氷床は地球にとって重要な存在である。もし巨大な氷が融けて小さくなればどうなるか。研究者でなくとも、融けた水が流れ込んで海水が増えると想像するだろう。氷床が融解することでもたらされる地球規模の環境変化のひとつが、先に挙げた海水準上昇である。

いくつかシミュレーションしてみよう。まずは少々極端な例として、南極氷床が完全に融けると海面は何メートル上がるだろう。答えは58メートルである。みなさんの街の標高を調べてみてほしい。あなたの住む土地は大丈夫だろうか?

 南極の氷がほぼ完全に融けて海水準が50メートル程度上がれば、日本の国土の17パーセントが海に沈む。

fig3s.jpg【図3】50メートルの海水準上昇によって水没する地域(赤) (地理院地図Vectorにて作成)

 特に関東平野でその面積が大きく、宮城、東海、関西、九州北部など、人口が多い平野部が海に変わってしまう。これらシミュレーションで水没するとされる地域には、実に総人口の約70パーセントに当たる人びとが暮らしている。

 次に、もうすこし現実的な見積もりとして、IPCC第6次評価報告書にも2150年までのシナリオとして記載のある「5メートルの海水準上昇」を考えてみよう。5メートルでも、そのインパクトは十分に大きい。特に首都圏の東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城、また愛知と大阪では、かなり内陸まで海水が入り込む。

fig4s.jpg【図4】海水準が5メートル上昇した時に水没する地域(黒)(地理院地図Vectorにて作成)

関東平野がヒタヒタと波に洗われる光景を想像してほしい。東京都民の28パーセント、大阪では34パーセントの住民の暮らしの場が、海に沈んでしまうのである。

 しかし、今後130年間でそんな変化が本当に起きるのだろうか? 地球温暖化が叫ばれているとはいえ、極寒の南極である。多少の温暖化で氷が急激に融けはじめるとは考えにくい。むしろ、温暖化によって大気中の水蒸気量が増え、「降雪量が増えている」可能性が高い。実際には、氷床にいま何が起きており、この先どう変化していくのだろうか。

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