杉山 慎 南極の氷が融けると世界はどうなるのか?【下】

――気候変動による氷床融解のリスク
杉山 慎(北海道大学教授)

南極氷床の将来

 残念なことに、そうとも言い切れない。人類が排出した温室効果ガスによって、地球は過去に経験したことのない異常な状態にある。空気中の二酸化炭素濃度は1800年以降、急激に上昇し、過去200万年にわたって記録されたことのない値を示している。

fig7s.jpg【図7】過去1 万年間の気温と二酸化炭素濃度の変化(Marcott et al., 2013; IPCC, 2007)

地球の平均気温は直近100年で約1℃上昇した。同じくらい温暖な時期を探すには、12万5000年前までさかのぼる必要がある。この異常な気候下では、過去の周期に沿って南極氷床の将来を考えることは非常に困難なのが実情なのである。

 いま世界では、今後の温室効果ガス排出量を仮定し、地球環境の変化を予測する数値シミュレーションが積極的に行われている。先述のIPCC評価報告書は、それらの成果にもとづいて、21世紀の100年間に起きる海水準上昇のシナリオをいくつか描き出している。可能性が高いとされるシナリオでも30センチメートルから1メートル程度、そして先述のとおり、「南極氷床が急速に融解することがあれば」という但し書きつきで、「2100年までに2メートル、2150年までに5メートルに迫る」というシナリオにも言及している。

fig8s.jpg【図8】1950年以降に観測された海水準変動と、2100年までの変動予測(IPCC, 2021)

 ここ20年間で、ようやく南極氷床の縮小傾向が判明した。縮小の原因が南極の沿岸部の棚氷の変化にあることも間違いない。しかしながら、棚氷の底面がどのくらい融けているのか、どんなタイミングで棚氷が崩壊するのか、内陸からの氷の流出が加速するのはなぜか、詳しいメカニズムは謎だらけである。氷床変動の現状を把握するのがやっとで、正確な将来予測を実現するためには、未解決の課題が山積みと言える。

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