杉山 慎 南極の氷が融けると世界はどうなるのか?【下】

――気候変動による氷床融解のリスク
杉山 慎(北海道大学教授)

研究の現場から

 海の変化を引き金とした氷床の縮小についてここまで書いてきたが、こうした結論は、実は研究者にとって想定外のものであった。あの巨大な南極の氷が、目に見える速度で失われるとは到底考えられなかったからである。「南極氷床の変化は数千年から数万年スケール」とぼんやり考えていた私たちには、新しい研究課題が突きつけられる形となった。

 いまから80年後の2100年は、私の孫たちが活躍する時代である。そのような近未来に海水準が2メートル上昇するとしたら、それは想像を絶する変化と言える。そのようなリスクを正しく見積もるためには、温暖化に端を発する海と氷床の変化について、科学の理解を推し進めるしかない。そのためには、氷河氷床の研究者だけでなく、海洋、大気、地質など、さまざまな分野の連携が必要となる。

世界各国と並んで、日本でもそのような研究が進められている。2017年に文部科学省の助成でスタートした研究プロジェクト「熱―水―物質の巨大リザーバ 全球環境変動を駆動する南大洋・南極氷床」では、50名を超える専門家による南極氷床と南大洋の研究が進行中である。また日本は60年以上にわたって南極地域観測隊を送り出し、長期の観測データを蓄積してきた。この実績と経験は国際的にも価値の高いものであり、南極において日本が世界に果たす役割は大きい。分野融合型の研究プロジェクトと、南極観測事業の地道な継続が両輪となって、地球規模の問題解決に貢献することが期待される。

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