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渡辺佑基 温暖化で痩せるホッキョクグマ、太るペンギン

渡辺佑基(国立極地研究所准教授)

ペンギンは減っているか

 では、南極では何が起こっているのだろう。

 海氷との関わりがとりわけ深い南極の動物といえば、ペンギンである。南極大陸の沿岸部と周辺の島々には、計5種が暮らしており、いずれも季節による海の凍結、融解と密接に関連した生活を送っている。

 ペンギンは毎年、決まった時期に決まった場所に寄り集まり、子育てをする。だからホッキョクグマと違って、個体数をカウントするのは簡単だ。日本の昭和基地を含む世界各国の南極基地の近くには、たいてい集団営巣地があり、毎年のカウント調査が行われている。南極基地では当然、気象観測も行われているから、数十年間にわたる個体数変動と、気象の変動とを照らし合わせることができる。南極のペンギンは、温暖化と野生動物の関連を調べるための実に格好のモデル動物なのである。

 だがデータが揃っているからといって、結果が明瞭とは限らない。ペンギンと海氷との関係は、種によっても場所によっても異なり、ホッキョクグマよりも複雑である。

 南極大陸から突き出た南極半島と周辺の島々は、南極大陸本体よりも緯度が低く、比較的暖かい。ここで暮らす3種(アデリーペンギン、ジェンツーペンギン、ヒゲペンギン)の数十年間にわたる個体数の変動と、海氷の変動とを照らし合わせると、結果はばらばらだった。海氷が減ると個体数が減る傾向が強く出たのは、アデリーペンギンのみだった。

 アデリーペンギンは白黒のわかりやすい見た目が特徴的で、他の2種に比べ、生息範囲が高緯度地域(より寒い地域)にまで広がっている。この種が暮らす地域としては、南極半島は最も暖かい。南極半島では、温暖化と海氷の減少が急速に進行しており、それに対応するように、アデリーペンギンの個体数が過去数十年の間に激減した。

 こうした結果は、温暖化と野生動物の関係について、大事なことを教えてくれる。温暖化が進行した際、真っ先に影響を受けるのは、同じ種の中でも比較的暖かい地域に住む動物たちである。一般的に、動物には生息可能な気候帯の範囲がある。範囲の上限近くで暮らす動物にとっては、温暖化は現在の居住地が「生息不可」になることを意味する。

 このことを示す別の実例が、エンペラーペンギンである。この種はペンギンの中で最も大きく、アデリーペンギンよりもさらに寒い地域を好み、氷点下30度以下にもなる南極の冬に子育てをする。猛烈な寒さをしのぐために多数のエンペラーペンギンがぎゅうぎゅうに集まって「おしくらまんじゅう」をする様子は、テレビの自然番組などを通してよく知られている。

 鳥類随一の耐寒能力を誇るエンペラーペンギンだが、意外なことに、比較的暖かい南極半島にも繁殖地が点在する。南極半島では夏には気温がプラスになり、海氷が解け、雨が降ることさえある。ここにある繁殖地の1ヵ所では、1970年頃まで、200を超えるつがいが毎年見られた。だが、その後激減し、99年にはつがいの数が20を下回り、2009年にはついにゼロになった。急速な過疎化によって一つの村が消えるように、一つのペンギンの繁殖地が完全に消滅したのである。

 南極半島の気候は、もともとエンペラーペンギンにとって、生息可能な範囲の上限ぎりぎりだった。それが近年の温暖化によって上限を超え、黄信号が赤信号に変わり、「生息不可」の気候になったと言える。

 このように、温暖化によって、少なくとも一部のペンギンは致命的な影響を受けている。けれども、それがすべてではない。現に、南極半島ではアデリーペンギンは減っているが、逆にジェンツーペンギンは増えている。また、南極半島よりも高緯度の南極大陸本体で暮らすアデリーペンギンも、ここ数十年で数は増加傾向にある。

 なぜ、こうした違いが生まれるのか。個体数と気象の変動をいくら照らし合わせても、両者を繋ぐメカニズムまではわからない。それを明らかにするためには、一羽一羽の行動を計測することによって、どのように海氷を利用し、あるいは海氷に邪魔されながら日々の生活を送っているのか、確かめなければならない。

 そこで、本稿の最後に、海氷の増減がペンギンの個体数を左右するメカニズムを明らかにした私自身の研究例を紹介する。

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