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渡辺佑基 温暖化で痩せるホッキョクグマ、太るペンギン

渡辺佑基(国立極地研究所准教授)

海氷の消えた南極と太ったペンギン

 私はこれまでに3度、南極の昭和基地の近くでアデリーペンギンの調査をしたが、最後の調査は16年12月から17年2月にかけての夏の時期である。このシーズンは、前述のように、南極全体で海氷が異常に減り、過去40年間の増加傾向から減少傾向に転ずる境になった時期に当たる。

 昭和基地の周りの海も例外ではなかった。集団営巣地のある調査地にヘリコプターで降り立ったときの驚きは、今でもよく覚えている。普段なら、真っ白な海氷が見渡す限り続くはずの光景が、ちゃぷちゃぷと波立つ青い海に変わっていたからである。ところどころに白い氷山が、申し訳程度に浮かんでいた。

 これは海氷とペンギンの関係を調べるための自然実験だ、と私は思った。近い将来、南極の海氷が急速に減ることが予測されているから、この調査地においても、海氷のないシーズンの頻度が上がるだろう。だから今回の状況は、将来を想定したある種の実験である。

 集団営巣地はいつもの場所にあり、ペンギンたちはいつものように子育てをしていた。石を積み上げた巣で親鳥が雛を守り、父母が交代で海に出て、戻ってきては口移しで雛に食べ物を与える。一見すると、いつもの年と何も変わらない。

 だが、目の前の海から氷が消えたのは、劇的な環境変化のはずだ。ペンギンたちは今、困惑しているのか、それとも喜んでいるのか。そして今シーズンの終わりに巣立っていく雛(将来を担うペンギンたち)の数は、いつもの年よりも多いのか、少ないのか。それがわかれば、将来を予測することに繋がる。

 そんな期待のもと、40日間にわたってキャンプ生活を送りながら、調査を行った。100個ほどの巣それぞれについて、雛の成育状況をチェックした。それから巣を出ていく親鳥を捕獲し、GPS、ビデオカメラ、加速度記録計などの機器を取り付けて放す。再び巣に戻ってくるのを待ってもう一度捕獲し、機器を回収した。

 こうして集めたデータを過去のデータと比較すると、結果は明らかだった。海氷が消えたのは、ペンギンにとっては天の恩恵だった。

 まず、普段は氷の上を歩いて移動するペンギンが、今シーズンは海を泳いでいた。歩くよりも泳ぐ方が速いため、食べ物を探す範囲が広がり、しかも普段よりも短時間で巣に戻っていた。親鳥が短時間で巣に戻るということは、雛にとってはより頻繁に食べ物をもらえるということである。

 ペンギンが海に飛び込んで食べ物を探す場所は、普段は氷の割れ目に限られる。多くのペンギンが狭い氷の割れ目に集まるので、食べ物が一時的に取り尽くされることもある。けれども今シーズンに限っては、氷のない海を自由に泳ぎ回り、好きな場所で潜水し、食べ物を集めていた。

 南極の海の水は、普段はきれいに透き通っている。ところが今シーズンの海は、緑色に染まっていた。海の表面に蓋をする氷がなくなったため、日光が海の中に注ぎ込み、植物プランクトンが大発生したのである。ペンギンが好んで食べるオキアミは、植物プランクトンの多いところに集まる。行動データを詳しく見ると、1回の潜水中に捕えるオキアミの数が今シーズンは増えていた。

 このように、集めたデータのどこをどう見ても、海氷のなくなった南極の海は楽園であった。そしてそれは、親鳥の健康状態や雛の成育状況にも表れていた。

 親鳥の体重が、今シーズンは普段よりも重かった。雛の体重の増加速度もいつもより速く、雛がすくすくと育ったことを示していた。雛の成長が速いと、トウゾクカモメなどの天敵に襲われにくくなる。実際、シーズンの終わりに一つの巣から巣立った雛の数の平均を調べると、いつもよりも多かった。

 氷のなくなった南極の海で、ペンギンの身に何が起こっていたのかは明らかである。海氷という物理的な障害がなくなったため、すいすい泳いで好きな場所で潜水をすることが可能になり、効率よく食べ物を集め、頻繁に雛に運べるようになった。その結果、親鳥は太り、雛はすくすくと成長し、将来を担う多くの雛が巣立っていった。

 今回の結果は、この調査地で過去半世紀にわたって記録されたペンギンの個体数のデータと照らし合わせても、辻褄が合う。過去にも何度か、海氷の消えた異常な年があったのだが、そういうときに個体数は、減るのではなく増え始めた。

 意外に思えるかもしれないが、少なくとも昭和基地近くのアデリーペンギンにとって、海氷の減少は天の恩恵である。今後、温暖化によって海氷の減少が進むにつれ、この場所では個体数が増えていくと思われる。

 もっとも、同じことがすべてのペンギンで起こるわけではない。海氷の影響は種によって、場所によって異なる。南極半島のアデリーペンギンが温暖化によって個体数を減らしているのも、また事実である。

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