渡辺佑基 温暖化で痩せるホッキョクグマ、太るペンギン

渡辺佑基(国立極地研究所准教授)

ペンギンが教えてくれたこと

 本稿では、極地の温暖化が野生動物に与える影響について、いくつかの例を見てきた。温暖化は種によって、場所によって、災難にもなれば、恩恵にもなる。

 それぞれの動物に生息可能な気候帯の範囲があると考えると、今回見てきた事例の全体像がわかってくる。範囲の真ん中が、動物にとって最も快適な気候であり、端に近づくほど生活上の困難が増す。そして範囲の外は、生息不可の気候帯である。

 北極のホッキョクグマ、それから南極半島のアデリーペンギンは、生息可能な気候帯の範囲の上限近くで生活していると思われる。だから温暖化がこれ以上進むと、現在の居住地が生息不可になってしまう可能性が高い。南極半島のエンペラーペンギンでは、既にこれが起きてしまった。

 一方で、南極の昭和基地近くのアデリーペンギンは状況が異なる。厚い氷に閉ざされた僻地に暮らすこれらのペンギンは、生息可能な気候帯の範囲の下限近くにいると思われる。そのため温暖化が進むと、住環境が改善する。一羽一羽の体重が増え、雛の生存率が上がり、個体数が増え始める。

 こんなふうに、温暖化は野生動物に一様に悪影響を及ぼすのではなく、よかれあしかれ、その種、その場所に応じた変化をもたらす。このことを私に教えてくれたのは、海氷の消えた南極の夏を謳歌していたアデリーペンギンであった。

中央公論 2022年7月号
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渡辺佑基(国立極地研究所准教授)
〔わたなべゆうき〕
1978年岐阜県生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。野生動物の体に小型の記録計を取り付けるバイオロギングの手法で、ペンギン、アザラシ、サメなどの生態を調べている。著書に『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』(毎日出版文化賞)、『進化の法則は北極のサメが知っていた』など。
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