「富岳」の正体① 富岳のAI処理能力でGAFAも追い越せる
米中ハイテク覇権争いの影響
─現在、米国でエネルギー省(DOE)を中心に開発中のエクサ・スケールの次世代スパコン「オーロラ」の完成が予定より大幅に遅れ、二〇二二年以降にずれこみそうです。理由は何だと思いますか。
アメリカは「Linpack(特に倍精度の六四ビット演算)でエクサの処理性能を達成してこそ真のエクサ・マシンであり、それを作る」と世界に公言してしまいました。しかも中国よりも先に作る、とです。
そこには米中間で微妙な違いが絡んできます。これまで中国製のスパコンは「ショウケース・マシン」と、ある意味揶揄されてきました。つまり彼らはベンチマークで世界一になっていち早く誇示できることが第一目標で、アプリケーションで使える実用性や汎用性への関心は薄いのではないか、というマシンを作ってきたのです。
ところがアメリカは、さすがにそういうマシンは作れません。日本と一緒で、実用性・汎用性が高いマシンを作らなければいけない。でも中国は抜く必要がある。そこで大きなリスクをとって、きわめてアグレッシブな目標を立てて開発を始めるから、どこかでしくじって遅れが生じる可能性も高くなるのでしょう。
─米国エネルギー省がスパコンを自国内で製造する点に固執したことが遅れの理由と見る向きもありますが。
米国エネルギー省自身はそこまで排外的な組織ではないと思います。米国政府はエクサ・スケールのスパコンを三台開発する計画ですが、オーロラを除く二台は、CPUの設計は米国ですが、TSMC(最先端の製造技術を有する台湾の半導体メーカー)に製造を委託しています。ただ、あの規模のマシンは日本では富岳一台なのですが、米国は三台作るとなると何十億ドル(何千億円)もの予算が必要となります。それを連邦議会に承認させるために、(少なくともオーロラに関しては)あえてピュア・アメリカンな技術で貫こうとする意図はあったのかもしれません。
─今、予算の話が出ました。日本の富岳のコストは約一三〇〇億円ですが、オーロラは約六億ドル(七〇〇億円)と言われています。日本のスパコン開発は割高だと思いますか。
オーロラの場合、純粋な製造費が六億ドルです。一方、富岳では(製造費に加えて)設計費やデータセンターの改造費、さらにランニング・コストなど諸経費も含めて一三〇〇億円なのです。
おそらく全体コストでは、富岳とオーロラでそれほど変わらないでしょう。スパコン開発にバーゲンはありません。国によって冷却装置が安くなるわけでもないし、設計にかかわるマンパワーが変わるわけでもない。また半導体の世界にもマジックはありません。ウエーファー(材料)も、ベースとなるテクノロジーもみな一緒だから、製造費はどの国でも同じなのです。
─米国政府が去年、自国技術の輸出規制の対象リストに中国のスパコン・メーカーを加えましたが、これは彼らに相当影響を与えたのでしょうか。
きわめて大きな影響がありました。実はかなり以前から米国政府は、中国の防衛関係のスパコンセンター等をブラックリスト化して輸出規制の対象にしていました。その後、トランプ政権が生まれ、対中関係が一気に悪化すると輸出規制は厳しさを増しました。中国メーカーはもはや、インテルやAMDなど米国メーカーから技術供与を受けて国家レベルの大規模スパコンを作ることはできません。
─中国が自国の技術だけでエクサ・スケールのスパコンを作ろうとした場合、先ほどのショウケース・マシンなら作れるのですか。
それなら彼らは作れます。ただ相当のお金がかかるはずです。それこそ何百億円もかけて、単なる国威発揚や技術推進のためにスパコンを作るべきかが問題となります。もちろん軍事など限られた用途なら使えるかもしれませんが、一般的なマシンとしては使えないので、たとえ作ったとしてもマーケットがない。これまで中国が開発したスパコンは、海外市場はおろか中国国内ですらほとんど売れていないのです。